日本の演劇は公演数が多いうえに記録が散逸しがちで、全体の流れを見渡せる本がなかなかない。これまで『日本現代演劇史』『新日本現代演劇史』を書いてきた大家が、新劇に絞った。3冊目の今作は、手が届かなかった1966(昭和41)年から89年(同64)年まで。明治から昭和までの新劇史が完成した。
筆を執るに当たり、あらためて考えた。新劇とはなんぞや。従来は歌舞伎のような旧劇に対する欧米流の近代劇を指した。でも、昭和40年代の唐十郎や鈴木忠志らの前衛劇を呼ぶ「小劇場」は、そもそも新劇を意味している、と思い当たる。
そこで「非商業的な方向の中で、創作劇か翻訳劇かを問わず、『劇』という芸術形式に対する革新を持続的に目指す演劇」と整理した。「みんなびっくりすると思う」定義に、まず驚いたのは当人だった。
扱う作品は幅広い。第3巻は文学座、俳優座、民芸の「新劇御三家」から、若者に人気だったつかこうへいや野田秀樹まで、年ごとに主な作品や出演者、劇評を並べた。興行会社がつくる商業演劇も、新劇出身の蜷川幸雄が演出するなど画期的な公演は盛り込んだ。舞台活動につながると判断すれば、劇作家と俳優の離婚まで記している。
演劇誌の編集者として多くの芝居を見始めたのが、昭和40年代から。昭和後期の特色は「あらゆる芝居が芽吹き始めて、メインが見えなくなってきた」ことという。
900ページを超える大部は当然高価で、新劇と同様、商業的ではない。帯で「ついに完結」とうたいながら、平成前半の新劇史を調べ始めているとか。「20世紀は押さえた方がいいかな。演劇史をやってるの、私しかいないから」。いまも劇場で熱いセリフの応酬を見る合間に、母校の大学図書館で黙々と資料に目を通す。=朝日新聞2022年11月19日掲載