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異色短編のワールドカップ! 世界各国の奇妙な小説を読み比べ

ドイツ代表はカシュニッツ 暗い心の迷宮に誘う15の物語

 まずはドイツ代表から。『その昔、N市では カシュニッツ短編傑作選』(酒寄進一/編訳、東京創元社)は戦後ドイツを代表する女性作家、マリー・ルイーゼ・カシュニッツの名作15編を収める日本オリジナルの短編集だ。

 巻頭に置かれた「白熊」は、夜遅く家に帰ってきた夫が、自分たちが出会った動物園のことを覚えているか、と突然妻に尋ねるという物語。夫婦の会話はじわじわと不穏さをはらんでいき、やがて「なんだこれは」としか言いようのない結末を迎える。この切れ味鋭い一作で、私はすっかり著者のファンになってしまった。

「ロック鳥」では主人公の住む部屋に、灰褐色の大きな鳥がやってくる。カシュニッツの小説では非現実的な存在が、日常を侵食してくるという展開がよく見られるが、その侵食具合があまりにも堂々としているので、主人公(多くは孤独な女性である)は“おかしいのは現実か、自分か”という問いに直面することになる。

 妹があるはずない船に乗りこんでしまう「船の話」、独り暮らしの老女が間借り人夫婦に家を奪われる「いいですよ、わたしの天使」などは恐怖小説としても一級品。一方で戦時下の悲劇を扱った「ルピナス」のような人間ドラマも味わい深い。カシュニッツの描く多彩な物語は、私たちを暗い心理の迷宮の奥へと誘いこむ。

スペイン代表はエルビラ・ナバロ 現実と非現実、絶妙なバランス

『兎の島』(宮﨑真紀/訳、国書刊行会)はスペインの女性作家、エルビラ・ナバロによる短編集。近年、スペイン語圏では現代的なテーマを超自然的手法によって描き出す、「スパニッシュ・ホラー文芸」が盛り上がりをみせているという。1978年生まれのナバロもこのムーブメントを代表する書き手の一人だ。

 冒頭2作を読み比べれば、本書のテイストがよく伝わるはずである。「ヘラルドの手紙」は破局を目前に控えたカップルのやや気まずい旅行を、鮮やかな筆致で描いた物語。「ストリキニーネ」ではイスラーム圏の国を訪れた女性作家の耳たぶから、なぜか肢が生えてくる。リアリズムに寄った前者と、シュールすぎる展開の後者。『兎の島』はその両岸を行き来しながら、現代人の抱える恐怖や不安を描き出していくのだ。

 全11話中、もっとも分かりやすいのは「メモリアル」だろうか。フェイスブック上に現れた正体不明のアカウント。そこに掲載されていたのは2週間前に死んだ母の写真だった。死者の投稿に心かき乱される主人公を通して、親子の複雑な関係を描いたSNS怪談である。ホラーらしい展開と現代性がほどよく共存した作風からは、アリ・アスターやジョーダン・ピールのホラー映画を連想する人もいるかもしれない。

 個人的なベストは「後戻り」。子どもの頃、友人タマラのおばあちゃんが天井にふわふわ浮かんでいるのを目撃した主人公。18歳になった彼女は、タマラに連れられて再びおばあちゃんの家を訪れる。現在と過去、現実と非現実が絶妙なバランスで混ざり合った逸品である。日本版オリジナルの瀟洒な装幀(デザインは川名潤)も、不穏でスタイリッシュな物語にぴったりで、所有欲をそそる一冊となっている。

米・英・加は合同チーム 人気翻訳家が知られざる英語圏作家を発掘

 続いてはアメリカ・イギリス・カナダの合同チーム。『アホウドリの迷信 現代英語圏異色短篇コレクション』(スイッチ・パブリッシング)は、人気翻訳家の岸本佐知子と柴田元幸が、英語圏の知られざる作家たちを発掘したアンソロジー。編訳者二人の好みを反映してか、「現実八割、幻想二割くらい」(岸本佐知子)の作品が大半を占めている。

 怪奇幻想好きとしては、カミラ・グルドーヴァ「アガタの機械」にまず心惹かれた。屋根裏にあるアガタの勉強部屋には、ピエロや天使を呼び出す風変わりな黒い機械があった。秘密を共有する主人公とアガタだったが、やがて二人の関係にひびが入ってしまい……。ノスタルジックな雰囲気の中に、ひやりと背筋が冷たくなる一瞬がある。心地よい不穏さをたたえた一編だ。

 しかしそれ以上に印象的だったのが、ルイス・ノーダン「オール女子フットボールチーム」。アメリカンフットボールの試合会場で、チアリーダーをすることになった男子高校生の心の動きを追いかけた青春小説だが、女装に寛容な父親の反応をはじめとして、どことなくへんてこな感じがあり、それでいて妙に面白い。

 レイチェル・クシュナーの国際的恋愛綺譚「大きな赤いスーツケースを持った女の子」、妊娠中の女性の家にアホウドリが現れるデイジー・ジョンソン「アホウドリの迷信」など、8人の作家によるさまざまな奇想と語りの芸が堪能できる10編。一度読んだらずっと記憶の底に引っかかり続けるような、“魚の小骨”的異色作が揃っている。

日本代表は宇能鴻一郎 異様なエロスの世界に普遍性

 最後は日本代表。これら各国の強豪を迎え撃つには、とっておきの隠し球を出すしかない。『甘美な牢獄』(七北数人・烏有書林/編、烏有書林)は、近年再評価の機運が高まっている芥川賞作家・宇能鴻一郎の傑作選。

 まずは騙されたと思って表題作を読んでみてほしい。台北郊外の寺院を訪れた語り手は、洞窟の中に閉じ込められた三人の男女を目にする。後日、彼のもとに届いた長い手紙には、異様な告白が綴られていた。筒井康隆も絶賛したこの異色短編には、“破滅願望と裏表になった、この世ならぬものへの憧れ”という宇能文学を貫くテーマが集約されている。

 あるいは「殉教未遂」はマネキン人形が並ぶ地下室を作った画家の物語。「狂宴」はインドの社交界でくり広げられる危険な遊戯を扱ったものだ。かれらもまた抗うことのできないエロスの魔力に惹きつけられ、甘美な地獄へと落ちていく。本書の編者・七北数人はそこに「人間という存在の底知れぬ奇怪さ」を見いだしているが、まったく同感だ。宇能鴻一郎の作品はアブノーマルで異色だからこそ、私たちの胸を打つ普遍性がある。

 この傑作選は怪奇幻想系のみならず、戦後の旧満州を舞台にした半自伝的作品から、海外でのアバンチュールを描いたやや軽妙なポルノまで8編を収める。宇能文学の全貌を伝えたいという編者の熱意が感じられる好セレクション。谷崎潤一郎=江戸川乱歩のラインが好きなら必読である。

 大いに盛り上がった異色短編ワールドカップ、果たして優勝は? ぜひ4冊を読み比べ、あなたが判定を下してほしい。