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福本友美子さん翻訳の絵本「としょかんライオン」 図書館は誰でも受け入れてくれる場所

文:澤田聡子

「図書館愛」にあふれた絵本

——ある日突然、街の図書館に現れた一匹のライオン。静かにするという「きまり」を守ることを約束して、毎日訪れるようになったライオンはやがて図書館になくてはならない存在になっていくが……。ニューヨーク在住の作家、ミシェル・ヌードセンさんが手がけた心温まる物語を翻訳したのは、自身も公共図書館で勤めた経験がある福本友美子さんだ。

 この絵本を読むときはぜひ、本の表紙を開いてすぐの「見返し」部分から絵をじっくりと眺めてほしいんです。閑静な住宅街を悠々と歩く一匹のライオン。一体、どこに行くんだろう?とページをめくると、建物の前にたたずむライオンの姿と『としょかんライオン(原題は“Library Lion”)』のタイトル。ライオンが当たり前のように図書館に入ってゆく——この冒頭のシーンだけでも「公共図書館は誰もが来てもいいところなんだよ」という作者の思いが伝わってきます。

 「図書館にライオン」という組み合わせは、アメリカでは意外と馴染みがあるもののようです。有名なニューヨーク公共図書館の正面玄関前に設置されているのも、2体のライオン像。だから、建物の入り口にライオン像があるタイトルページの絵を見ただけで、アメリカの読者は「このライオンは図書館に来たんだな」ということがすぐに分かるわけです。

 私がアメリカに住む友人たちに会うとき、欠かさず訪れるのも街の人々に親しまれている図書館。司書がひとりで切り盛りしている小さな図書館や、玄関にテラスやポーチがある個人宅のような図書館など、アメリカ各地の様々な図書館を訪れました。ポーチに置かれた揺り椅子に座って子どもがゆったりと本の世界を楽しんでいる……そうした「古き良き図書館」のイメージが湧く絵本だと思います。

「ルールって何?」をそっと教えてくれる

——ライオンが図書館にやってきて大慌て、生真面目な図書館員のマクビーさんと、厳格だが密かにライオンのことがお気に入りのメリウェザー館長。図書館で働く大人たちのキャラクター造形もリアルで面白い。

『としょかんライオン』(岩崎書店)より

 ライオンがいきなり現れてびっくりしてしまうマクビーさんと、しずかにできる、おぎょうぎのいいライオンなら来てもいい、と図書館の決まりを冷静に教えるメリウェザー館長。どちらの登場人物も図書館という場所を愛していて、「みんなが気持ちよく使えるように」と心を砕いているところは同じだと思います。私も図書館員だったことがあるので、この2人の心情はとてもよく理解できます。

 地域の図書館だと最初は親子で訪れ、大きくなってくると子ども1人でも通ったりしますよね。子どもが1人でも行ける公共の場所って、そうそうないと思うんです。大きな声でおしゃべりしない、走らない。なぜ、図書館ではこうした決まりを守らなければいけないのか、そもそも決まりはなんのためにあるのか。公共の場所のルールについて、ユーモアを交えながら優しく伝えてくれるのが、この絵本の素敵なところではないでしょうか。

画家が加えた「雨」の効果

——ケビン・ホークスさんによる温かいタッチの絵も魅力。福本さんは「文章には書かれていない細部まで、絵で表現されている」と語る。

 絵を描かれたケビン・ホークスさんは、物語をものすごく読み込んだ上で表現されていると感じます。あるアクシデントが起こって、やむを得ず「きまり」を破ってしまったライオンは、それから図書館に来なくなります。ライオンがいなくなり、ぽっかりと心に穴があいたような気持ちになる来館者たち。メリウェザー館長も元気がありません。それまでライオンをちょっぴり疎んじていたところもあったマクビーさんでしたが、みんなのためにライオンを探しに行こうと決意します。

 実はこのシーン、文章にはどこにも「雨が降っている」とは書いていないんです。でも、雨がザーザーと降るなか、傘をさしてライオンを探し回るマクビーさんの姿を見ると、彼の真摯な気持ちが伝わってきますよね。ちょっと融通は利かないけれど、いい人なんだなということが分かる。そしてようやく発見したライオンは、雨に打たれてずぶ濡れ、図書館の前のガラス戸に映った顔は泣いているようで……ここは、皆さん読んでいて心に迫ってくるところじゃないでしょうか。ケビン・ホークスさん曰く、「雨に濡れた猫ほどみじめなものはない」。画家の観察眼と演出が光る名シーンだと思います。

『としょかんライオン』(岩崎書店)より

原文の息づかいをそのまま写し取る

——児童書や絵本を翻訳するときに毎回苦心するのは、原作の文体やリズム、登場人物のイメージを忠実に日本語へと写し取るということだという。

 英語の主語はどんな人でも“I”ですが、日本語の主語は男女でも違うし、子ども、若者、年配の人など年齢によっても違ってくる。話し方だってもちろん違いますよね。子どもの本は、人間や動物ばかりか、花や太陽、椅子やコップなどの無機物も時にはおしゃべりするので、翻訳が非常に難しいんです。こうしたキャラクターをかわいい子どもの声でしゃべらせるのか、それとも落ち着いたおじいさんのように話させるのか。登場人物の話し方は、翻訳する人間の想像力にかかってくるわけです。

 絵本の翻訳の際にいつも心がけているのは、原文を声に出して読むということと、絵をすみずみまでじっくりと眺めてみるということ。そうすると登場人物がどんな雰囲気でどういう性格の人なのか、日本語でおしゃべりしている声が自然と聞こえてくるんですね。『としょかんライオン』のマクビーさんやメリウェザー館長の言葉遣いについては、丁寧に描かれたケビン・ホークスさんの絵にも、ずいぶん助けられました。セリフだけでなく、地の文についても声に出して読んでみることで、作者の文体や息づかいなどをつかむことができます。

親子の会話のきっかけに

——自身にとっても、図書館は特別な場所だったと振り返る福本さん。「時空を超えた豊かな世界が本の後ろに広がっていくのが、図書館の魅力」という。

 初めて「図書館」という存在に触れたのは小学校の図書室でした。図書の先生が『はなのすきなうし』(岩波書店)の読み聞かせをしてくれたことを今でも覚えています。ほかに『みどりいろの童話集』や『ばらいろの童話集』など、世界各地の伝承や童話を集めた「ラング世界童話全集」(偕成社)があり、ずらっと本棚に並んだ全12冊を眺めると、まるで12色の色鉛筆のように見えた。図書室で様々な物語を夢中になって読みふけったことが、私の原点なんじゃないかと思っています。アンドリュー・ラング作の『りこうすぎた王子』(岩波書店)の新版を翻訳したときは、子どものころの自分と図書館を通じて、つながったような気持ちになりました。

 この『としょかんライオン』にあふれているのも「図書館って、誰でも受け入れてくれる素敵なところなんだよ」というメッセージ。マクビーさんとメリウェザー館長はもちろん、ライオン自身がそう思っていることがひしひしと伝わってきます。この絵本を楽しんで、実際に図書館を訪れたときに、「これって『としょかんライオン』にも出てきたね!」と、親子で充実した時間を過ごすきっかけにしていただければと思っています。