古代の遺跡の出土品の中でも、埴輪(はにわ)は一般の人たちに最も人気がある遺物の一つだ。「造形の愛らしさが好まれているのでしょうが、埴輪の本質は実は物語性にあるんです」。埴輪に関する3冊目の著書となる本書ではそれを繰り返し訴えている。
長野県に生まれ、群馬県高崎市で育った。大学の卒業論文のテーマは弥生時代だったが、帰郷して就職した群馬町(現在は高崎市)で、三つの前方後円墳を中心に構成される保渡田(ほとだ)古墳群の整備に携わる。「その時、古墳の濠(ほり)の間の堤で54体の埴輪が設置当時の状況で見つかった。それが埴輪と関わるきっかけでした」
1980年代、古墳に立て並べられた埴輪群は首長の王権継承儀式を表現したものとする故水野正好・奈良大学元学長の説が有力だった。「でも、実際に掘ってみると、儀式を表した埴輪群のほかに、まつりや狩りのシーンなど全部で7場面に分けられることがわかりました。埴輪列は、墓のあるじである王が生前に行った、様々な儀礼や経済活動・政治活動を表したものだったのです」
若狭さんは「武人埴輪」は兵士ではなく、王権からもらった甲冑(かっちゅう)を身にまとう首長であり、帽子や様々な飾りを身につけた盛装した男子埴輪は、これらを手に入れることができる首長の政治力・交易力を示していると考える。「様々な馬具をつけた馬形埴輪も、貴重だった馬を飼育し、馬具をとりつけられる首長の財力を表したものだと思います」
ビジュアル中心だが、埴輪に表現された入れ墨の呪力に関する考察など、最新の学説も紹介。「埴輪たちは、私たちに古代社会の営みを教えてくれる重要な証言者」との一文で締めくくる。「今後は、畿内中心と考えられてきた古墳文化の中で、東日本の古墳がどのような立ち位置にあったのかを考察していきたい」(文・宮代栄一 写真・伊ケ崎忍)=朝日新聞2022年12月3日掲載