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「ジョーン・ロビンソンとケインズ」書評 書簡で描く 研究者間のドラマ

評者: 神林龍 / 朝⽇新聞掲載:2023年01月07日
ジョーン・ロビンソンとケインズ 最強の女性経済学者はいかにして生まれたか 著者:安達貴教 出版社:慶應義塾大学出版会 ジャンル:経済

ISBN: 9784766428407
発売⽇: 2022/10/29
サイズ: 22cm/399p

「ジョーン・ロビンソンとケインズ」 [著]N・アスランベイグイ、G・オークス

 経済学は、制度の効果を検討する際に「完全競争」を想定してきた。最低賃金を上げれば雇用が減る(ので上げないほうがよい)という主張は、その典型である。ところが最近、労働市場やプラットフォームなどでは、買手(かいて)や売手(うりて)が独占的な力を使って利益を得ており、完全競争を前提とした分析は誤りであると指摘されるようになってきた。
 そのおおもとの文献のひとつが、1933年に出版された『不完全競争の経済学』で、ジョーン・ロビンソンとはその著者である。
 経済学草創期の、しかも女性研究者として名高い。戦後のケインズ経済学への鋭い批判や数多くの名言などで、日本を含め世界各地に信奉者を生んだ。再発見されつつある経済学界のスターのひとりとして、もっと知られてよい研究者だ。
 本書は、そんなロビンソンの出世作『不完全競争の経済学』の着想・出版から説き起こし、ケインズの『一般理論』に傾倒していく道筋を、「書簡人類学」のアプローチ、つまり関係する経済学研究者との書簡を使って再構成する。本書の場合、研究業績とその評価がいかに研究者間の人間関係から生み出されたのかを強調するのが特徴である。
 ただし本筋は、男女関係の仄(ほの)めかし、大学内のポスト争い、業績の売り込みの腐心などと、ドラマチックに仕立てられている。ハイライトはケンブリッジ大学講師への着任に当てられ、ロビンソン前半生の伝記的ノンフィクションとも考えてよい。後半生や私的エピソード、彼女自身の内省などを加えれば、訳者の安達があとがきでいうように、映画の原作になっても不思議ではないほどだ。他方、経済学的論争はごく簡単に触れられるに過ぎず、訳者の解説がよく補っている。
 研究者を業績ではなく、このような側面から晒(さら)すことに賛否はある。しかし、研究者社会の、とくに女性研究者のキャリア形成の歴史を垣間見させてくれるのは興味深い。
    ◇
Nahid Aslanbeigui 米モンマス大教授(経済学史)▽Guy Oakes 同大名誉教授(哲学)。