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「笑え!ドイツ民主共和国」書評 ユーモアと皮肉利かせて抵抗

評者: 宮地ゆう / 朝⽇新聞掲載:2023年01月21日
笑え!ドイツ民主共和国 東ドイツ・ジョークでわかる歴史と日常 著者:伸井 太一 出版社:教育評論社 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784866240657
発売⽇:
サイズ: 21cm/222p

「笑え!ドイツ民主共和国」 [著]伸井太一、鎌田タベア

 いまから30年近く前、カナダの安宿で、旧東独出身の妻と旧西独出身の夫の夫婦げんかに遭遇した。発端は夫が「東独では車ですら紙でできていた」と笑った一言。モノ不足で性能が悪かった東独の大衆車「トラバント」を揶揄(やゆ)したジョークだったが、妻は「あなたに東の苦悩はわからない」と怒りだし、居合わせた私が仲裁する羽目になった。この本を読んで、あの日の記憶が急によみがえった。
 本書は、東独にまつわるジョークから、当時の社会や文化、さらには国際情勢までひもとくユニークな本だ。ジョークは訳すだけでも至難の業だが、翻訳の巧みさと、歴史や時代背景についての解説が、深い味わいをもたらしてくれる。くすりとさせる貴重な写真やドイツ語の原文も添えてあり、語学教材にもなる。
 ジョークの格好の的になったのは政治家だった。中でも「人気」は、ベルリンの壁崩壊の直前まで国家評議会議長だったエーリヒ・ホーネッカー。東独の監視社会を強化したと言われるホーネッカーは、秘密警察シュタージに、体制批判のジョークを集めさせた。ジョークを公言した人の中には、拘留刑を科せられた人もいたという。
 そんな状況下でも生み出されたジョークの数々は、ユーモアと皮肉が利いた至言ぞろいだ。監視社会への批判、社会の不条理、非効率への不満……。人々はジョークに包み、ささやかな抵抗を試みた。苦境に陥るほど人は深遠な問いをするのか、「資本主義は社会的な失敗をして、社会主義は資本的な失敗をする」といった、箴言(しんげん)も生まれた。
 さて、冒頭の夫婦げんかの種になったトラバントは東独ジョークの「鉄板ネタ」らしく、本書にもたびたび登場している。最後にその一つをご紹介しよう。
 「誰が最も偉大な哲学者か知ってる?」「それはトラバントの運転手たち。なぜって、自分が運転しているのが自動車かどうかを常に考えているから」
    ◇
のびい・たいち ドイツ製品文化・サブカルライター。ドイツ現代史研究者▽かまだ・たべあ フリー翻訳者。