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卓上の同居者たち 澤田瞳子

 仕事場の机に並ぶ胡蝶蘭(こちょうらん)の鉢たちから、申し合わせたようににょきにょき花芽が出てきた。陽(ひ)の当たる方へとぐんぐん伸び、果ては窓ガラスにぶつかるので、定期的に向きを変えてやらねばならない。結果、S字形に伸びた芽やら大きく弧を描いた芽やらが卓上で交差し、大きく茂った葉と共に空間争いを繰り広げている。一つの鉢の向きを変えると、他の鉢の花芽と衝突したり葉が重なり合ったりと、非常に悩ましい。

 今でこそ鉢たちがわが物顔で卓の三分の一あまりを占めているが、本来、この机は仕事用に据え付けたもの。畳一畳ほどもある卓上には、資料類や書籍を盛大に広げる予定だった。ただある時、いただいた胡蝶蘭の鉢を載せたところ、適度に日が当たり、エアコンの風から遠いのがよかったのだろう。その鉢は繰り返し花をつけ始め、十年を経てもいまだ机の一角で青々と葉を光らせている。

 植物はものを言わない。それだけに、居心地がいいなら、今後もここを置き場にしてあげようと考えたのが運の尽き。あれよあれよという間に蘭(らん)の鉢は増え、今では彼らの方が机の主であるかのような有り様だ。

 わたしは仕事の際、パソコンの左右に資料を積み上げる癖がある。ただ事ここに至っては、あまりに高く積むと蘭の葉に触る上、もしかしたら本の山が崩れ、鉢を傷つけるかもしれない。また卓上の鉢が増えれば、その分、本の置き場所は減り、結果として床に積まれる本は増えていく。更に蘭は直射日光を嫌うので、陽光が照り付ける間はブラインドを下ろしたまま仕事をし、太陽が移動してからようやく電気を消して窓を開ける有り様だ。

 ただそれでも今年も元気に花芽を伸ばす彼らを眺めるのは、やはり楽しい。「そんなに気に入っているなら、ずっとそこにいていいよ」とついつい話しかけてしまうのだから、もしかしたらいずれこの机はすべて彼らに乗っ取られ、わたしは別の机に移動せねばならないのかもしれない。ふむ。それはそれで悪くない。=朝日新聞2023年1月25日掲載