新井見枝香が薦める文庫この新刊!
- 『遠(とお)の眠りの』 谷崎由依著 集英社文庫 803円
- 『グランドシャトー』 高殿円著 文春文庫 880円
- 『片をつける』 越智月子著 ポプラ文庫 770円
(1)福井の貧しい農家に生まれた絵子(えこ)は、女に教育は必要ないとする親に反発し、家を追い出される。年号が昭和に変わり、帰る家のない絵子は、人絹工場で女工として働く道を見つけ、やがて福井に初の百貨店が開店すると、劇場と少女歌劇団を作ろうとする支配人に、お話係として雇われた。街では女工が「差別待遇をなくせ!」と叫び、故郷の農村では妹が若すぎる年で嫁いでいく。あたらしい、女の生き方は、ここからずっと今に繋(つな)がっていた。
(2)大阪・京橋の名物キャバレーには、不動のNo.1ホステスがいた。竜宮城のようなフロアの、貝を模したソファは「真珠」専用だ。19歳で店に飛び込んだルーは、寮の長屋で生活を共にし、彼女の質素な生活ぶりを知る。大金を稼いで使う様子もない真珠は、なぜキャバレーで働き続けるのか。ルーが東京に出て20年経ち、高度経済成長で様変わりした大阪を訪れると、真珠は変わらず長屋からキャバレーに通っていた。源氏名しか知らない2人の女が繋ぐ、戦後日本の光と影。
(3)804号室に住む厄介な老婆と噂(うわさ)の八重を、うっかり部屋に入れた805号室の阿紗。同じ間取りのはずなのに「随分と広いんだね」と責めるように言う八重だったが、それは彼女の部屋が、物で溢(あふ)れているからだった。文句を言われ、悪態を吐(つ)きながらも、同じ独り身の阿紗は何かと隣室を訪れ、共に片付ける。他者とのつながり方を忘れた頃に、コロリと落ちてくる銀杏(ぎんなん)のような物語。=朝日新聞2023年2月4日掲載