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歴史を大きく摑む魅力に満ちた「本意に非ず」など谷津矢車が薦める新刊文庫3点

谷津矢車が薦める文庫この新刊!

  1. 『本意に非(あら)ず』 上田秀人著 文春文庫 748円
  2. 『もののふの国』 天野純希著 中公文庫 946円
  3. 『帝国ホテル建築物語』 植松三十里(みどり)著 PHP文芸文庫 990円

 今回は「歴史を大きく掴(つか)む歴史時代小説」のテーマで選書。

 時代小説ジャンルを牽引(けんいん)し続ける大人気作家による(1)は、明智光秀、松永久秀、伊達政宗、長谷川平蔵、勝海舟を主人公にした独立短編集。主人公に与えられた小さな疑問が大きな史実に接続され、思いもよらなかった光景が読者の眼前に立ち現れる。歴史の謎をミステリ的手法で解釈・提示する歴史ミステリの構造を援用することで、1人の歴史上の人物の懊悩(おうのう)や矜持(きょうじ)といった歴史小説の醍醐(だいご)味が強化されている。

 中央公論新社の小説共演企画「螺旋(らせん)プロジェクト」の一冊である(2)は、本企画の共通設定である「海族と山族の対立」を生かしつつ、源平、南北朝、戦国時代、幕末の「武士の時代」を一作で描き切るという荒業をなし、千年近い時間軸の中であまた存在した対立や離合集散、ひいては「武士の時代」の物語に一貫性を持たせている。文庫化に際し、川中島の戦いを本企画の設定で捉え直した短編が追加されているのにも注目。

 大正12(1923)年に完成した帝国ホテル2代目本館、いわゆる「ライト館」の建造を巡る奮闘を描いた(3)は、経営者、ホテルの支配人、設計者や現場施工者、職人といった様々な階層の人々が関わる難事業を描いた企業小説であり、ホテル建造事業から日本における近代の諸相を掴み取った構えの大きな作品である。本編を挟む形で戦後に起こった本ホテルの保存移設事業が描写されることで、日本の近代の終わりをも射程に収めている。=朝日新聞2023年2月11日掲載