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「純粋な人間たち」書評 同性愛者への暴力 目を背けず

評者: トミヤマユキコ / 朝⽇新聞掲載:2023年02月18日
純粋な人間たち 著者: 出版社:英治出版 ジャンル:欧米の小説・文学

ISBN: 9784862763129
発売⽇: 2022/12/14
サイズ: 20cm/229p

「純粋な人間たち」 [著]モハメド・ムブガル=サール

 著者はゴンクール賞を31歳で受賞したセネガル人作家。本作は彼の初邦訳作品である。目も眩(くら)む文彩と胸ふさがれるストーリーが、まるで陰陽のように渦巻いている。
 主人公の「ンデネ」は、セネガルの大学でフランス文学を教えている。かつてはいわゆる熱血教師だったが、老獪(ろうかい)な先輩教員たちは彼の努力を認めたがらない。学内政治の厄介さに疲れ果てたンデネは、やがて必要最低限の業務をこなす生活に沈んでいった。
 そんな彼に変化をもたらしたのは、一本の動画だ。そこには、怒り狂った人々によって墓から引きずり出される男性の死体が映っていた。死者は「ゴール・ジゲン」=同性愛者であるらしい。彼らの暮らすイスラーム世界において、それは徹底的に憎まれ、排除される存在だった。
 ンデネの中にもホモフォビア(同性愛嫌悪)的なものはある。しかし、同性愛者と見るや暴行を加える人々を肯定できるほど敬虔(けいけん)でもないのだった。宗教家である父との会話も嚙(か)み合わないし、大学でヴェルレーヌ(彼も同性愛者だ)の詩を教えただけで騒動になるのも納得がいかない。
 こうしてンデネは周囲から孤立していくが、凪(なぎ)のような暮らしに戻るつもりはないようだ。人伝(ひとづて)に情報を集め、映像に出てきた男性の遺族に会うなど、問題の核心に迫ろうとしている。同性愛者であることを疑われようとも前進するンデネ。怒濤(どとう)の、とでも呼ぶべき内面の変化が印象的だ。
 「同性愛者は人類の暴力の歴史の一部なのだから」という一節が忘れられない。折しも私たちは、政治の中枢から出てきた「見るのも嫌だ」「隣に住んでいるのもちょっと嫌だ」という発言に触れたばかりだ。セネガルのンデネと日本の私たちは、遠く離れながらも確かに繫(つな)がっている。性的マイノリティーへの暴力について逃げずに考えることが、本書と出会った人間の責務だと感じた。
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Mohamed Mbougar Sarr 1990年、セネガル生まれ。作家。仏社会科学高等研究院で博士課程に在籍中。