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「マザーツリー」書評 「お互いさま」で保つ木々の健康

評者: 石原安野 / 朝⽇新聞掲載:2023年03月04日
マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険 著者:スザンヌ・シマード 出版社:ダイヤモンド社 ジャンル:植物学・森林

ISBN: 9784478107003
発売⽇: 2023/01/12
サイズ: 19cm/573p 図版16p

「マザーツリー」 [著]スザンヌ・シマード

 カナダは、世界の丸太や製材の約10%を生産しており、森林は重要な天然資源だ。1980年代、ブリティッシュコロンビア州政府は、「木材としての価値の高い樹種」の生産性を上げるという方針を打ち出し、木材会社はこれに従うために除草剤を使うようになった。
 だが、実際のところ、除草剤で周囲の植物を枯らすことは、経済価値の高い木や森林の生育を助けることになるのだろうか。森はただの木々の集まりではなく、そこに住む動物から土壌の菌類までもが複雑な生態系を成す。著者は、実験を重ねることで、森の木々の関係が多面性を持つことを明らかにしていく。
 たとえば、強度が強く木材としての人気の高いダグラスファーと、価値の低いアメリカシラカバの生育を比較する実験だ。植物は光合成によって、水と二酸化炭素を糖と酸素に変換し、エネルギー源とする。著者は、アメリカシラカバによって作られる糖だけを区別できるようにし、ダグラスファーには暗幕をかけて光合成をできないようにして人工的に栄養不足にした。すると、「手強(てごわ)くて邪魔な」競合相手であるはずのアメリカシラカバは、光合成によって作った栄養を気前よく栄養不足のダグラスファーに分け与えた。
 木々は日光を求めて競合しながらも、木々の根と共生する菌根のネットワークを通じて互いにつながり、栄養を共有することで、生育に協力し合っている。森という自らのすみかを守ることにおいては「お互いさま」なのであり、相互依存することで健康と生産性を保つ。近くに競合相手がいないことが、ベストな生育環境というわけではないのだ。このことは木や植物や土壌を別々に観察していては見えてこない。
 この発見により、著者は、意図せずに保守的な森林業界に戦いを挑むことになってしまう。競合と助け合い、そして回復。森と著者の人生が重なり合う。
    ◇
Suzanne Simard カナダ出身。森林局で働く中で森林管理の手法に疑問を持ち、研究者に。本書が初の著書。