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「まくらの森の満開の下」書評 多彩な話に光るセンスと批評眼

評者: トミヤマユキコ / 朝⽇新聞掲載:2023年03月11日
まくらの森の満開の下 著者:春風亭 一之輔 出版社:朝日新聞出版 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784023322769
発売⽇: 2023/01/20
サイズ: 19cm/284p

「まくらの森の満開の下」 [著]春風亭一之輔

 著者は年900席もの高座をこなしているのに「日本一チケットが取りにくい」と言われる人気落語家。本書には落語の「まくら」のようなエッセーが110本収録されている。
 「はじめに」によると、著者はスマホのメール機能で原稿を書き、書きかけの原稿を消してしまうミスを何度も繰り返しているようだ。「はじめに」の原稿も、3千字余りを消してしまい、復元できずに呆然(ぼうぜん)とするところから始まっている。これ自体がすでに落語的なのは言うまでもない。
 本編は「週刊朝日」に連載していたものを六つの章に振り分けてあり、それぞれ「落語のまくら」「時事のまくら」「五輪とスポーツのまくら」「風物詩のまくら」「芸能界のまくら」「日常生活のまくら」となっている。
 個人的には「時事のまくら」が好きだ。日々のニュースに押し流され、つい忘れてしまう過去の出来事を思い起こすのにちょうどいい。「#検察庁法改正案に抗議します」のハッシュタグが話題になったこと。菅義偉前首相がパンケーキを好んで食べていたこと。IOC委員が「五輪貴族」と呼ばれていたこと。もっと細かいところだと、自民党総裁選の際に放送されたテレビ討論会で出演者みんなの字が汚かった、なんて話も出てくる。「おまけに岸田さんと高市さんは医療の『療』の字を間違えていて、家族全員でずっこけてしまいました。事前に書いてるんだから確認くらいしときゃいいのに……大丈夫かよ」
 どの話題も笑える「まくら」として書かれつつも、社会批評的な側面が確実にある。ただ思ったことを書いただけだよ、と言われそうだけど、批評してやろう感がない批評は、いま逆に貴重なのではないか。
 ちなみに、私が書評で取り上げることになった直後に著者の「笑点」メンバー入りが発表された(おめでとうございます)。このユーモアセンスと批評眼がますます多くの人に知られるのは、実に痛快である。
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しゅんぷうてい・いちのすけ 1978年生まれ。落語家。2012年、真打ち昇進。国立演芸場花形演芸大賞など受賞。