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「ペイン・キラー」書評 過剰摂取で年間10万人超が死亡

評者: 行方史郎 / 朝⽇新聞掲載:2023年03月25日
ペイン・キラー アメリカ全土を中毒の渦に突き落とす、悪魔の処方薬 著者: 出版社:晶文社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784794973498
発売⽇: 2023/01/26
サイズ: 19cm/293p

「ペイン・キラー」 [著]バリー・マイヤー

 米国では2021年、薬物の過剰摂取で過去最多の10万人超が亡くなったとみられ、その多くはオピオイドという麻薬性鎮痛薬が原因だ。そう聞いても、どこかぴんと来ないでいた。
 痛みから逃れるために薬に頼る気持ちはよくわかる。でも、どうやったら処方箋(せん)がないと入手できない薬で死亡に至り、国民の平均寿命を下げるまでになるのか。そんな疑問がようやく解消した。
 この本に登場する16歳の女子高校生の場合、別にどこかが痛かったわけでも何でもない。彼女が住むのはかつて炭鉱で栄えた貧しい地域で、トランプ前大統領誕生の原動力にもなった「ラストベルト(さびついた工業地帯)」をどこか連想させる。
 最初に吸ったときには吐き気がしたが、すぐに筋肉が弛緩(しかん)してすべての緊張が消え去ったという。当然だが、薬が切れれば元に戻る。それだけでなく、いとも簡単に激しい苦痛を伴う離脱症状が起きる状態にもなり、一度に大量摂取すれば呼吸困難を起こして亡くなることもある。
 高校生が薬を入手できてしまうのは、むろん不正な流通経路があるからだ。地域の異変に気付いた医師らが製薬会社を相手に立ち上がり、やがて司法当局が動く。一方、製薬会社は司法経験者や有能な弁護士を雇い入れ、議員や関連団体には献金攻勢をかける。さながら映画のような展開だ。
 本書が採り上げるこの訴訟は、示談の結果、幹部3人に罰金が科され、16年前に終結した。その後、会社は倒産に至るのだが、冒頭で書いたように問題はむしろ深刻化しつつある。10年が経過して公開された当時の捜査報告書から浮かび上がる事実と、導かれる教訓はあまりに重い。
 念のために書き添えれば、がんの痛みに麻薬性鎮痛薬を使っても依存や中毒は起こらない。ただし、市販の鎮痛薬やせき止めでも依存が起きうることは知っておくべきだろう。
    ◇
Barry Meier 1949年生まれ。米国の作家・報道記者。ニューヨーク・タイムズなどで活躍。