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「リベラリズムへの不満」 中核的価値問い直し復権を説く 朝日新聞書評から

評者: 三牧聖子 / 朝⽇新聞掲載:2023年04月01日
リベラリズムへの不満 著者:フランシス・フクヤマ 出版社:新潮社 ジャンル:

ISBN: 9784105073213
発売⽇: 2023/03/17
サイズ: 20cm/208,13p

「リベラリズムへの不満」 [著]フランシス・フクヤマ

 フクヤマが30年前に『歴史の終わり』を著し、リベラル・デモクラシーを統治体制の最終形態と位置付けたときから状況は一変した。今日、デモクラシーもリベラリズムも守勢に立たされ、とりわけ後者への批判は激烈だ。「リベラリズムは時代遅れ」。ウクライナへの軍事侵攻を続けるロシアのプーチン大統領は、そう宣言してきた。自由や寛容を掲げてロシアを批判する欧米こそ、多様性やマイノリティーの問題をめぐり右派と左派が際限なく争い、混乱を極めているではないか。こうしたプーチンの主張は欧米社会にも共鳴を生み出してきた。
 本書はこれらの批判への真摯(しんし)な応答だ。確かにリベラリズムの普遍性を力強く擁護してきた当のアメリカで、リベラリズムへの不満が強まっている。自身が望む社会を性急に実現しようと、議論や妥協を忌避する傾向は右派のみならず左派にも顕著だ。しかしこのような現状は、多様な人間が共存するための知恵や仕組みを様々に発展させてきたリベラリズムの重要性を高めるものであっても、減ずるものではないとフクヤマは見る。そして人々がリベラリズムに抱く不満に向き合い、その淵源(えんげん)を探りながら、リベラリズム復権の鍵を探っていく。
 フクヤマによれば今日ますます多くの人がリベラリズムに背を向けている原因は、古典的リベラリズムの中核的な価値であったはずの「寛容」の喪失にある。古典的リベラリズムの特徴は、理想的な政治社会を追い求めすぎないことにあった。それは人々が「良き生き方」とは何かについて一致できない状況で、なお差異を紛争に発展させないための知恵であった。こうした主張を懐古主義だと感じる読者もいるかもしれない。しかし、古典的リベラリズムの擁護の中に、ラジカルな洞察を忍ばせているのが本書の魅力だ。
 今日のリベラリズムをめぐる争点の一つ、社会の多様性についてフクヤマは、右派はもちろん左派も現実の多様性を捉えられていないとして、多様性の概念をさらに深化させるよう求める。左派は人種やジェンダーの多様性には敏感だが、キリスト教保守への態度が表すように、宗教や政治的見解の多様性についての考えを十分に成熟させてきたとはいえない。凄惨(せいさん)な宗教戦争を経て発展した古典的リベラリズムにおいて宗教的寛容は中心的課題であったが、今日その伝統は忘れ去られている。急進化する左右両面の攻撃からリベラリズムを擁護するのみならず、多様性や寛容の概念を問い直しながら新しいリベラリズムを探究する挑発の書だ。
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Francis Fukuyama 1952年生まれ。米スタンフォード大シニア・フェロー兼特別招聘(しょうへい)教授。著書に『歴史の終わり』『政治の起源』『政治の衰退』『IDENTITY(アイデンティティ)』など。