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オリバー・バークマン「限りある時間の使い方」 効率化の呪縛から逃れる方法

 効率化や生産性向上を実現するには、時間管理の技術が不可欠――。そうした言説が世に溢(あふ)れるようになって久しい。2000年代中ごろから盛んに語られるようになった「ライフハック」の文脈も然(しか)りだ。仕事でも私生活でも、いかに時間当たりの生産性を高めるか。ITの進化・普及に伴い、そうした志向はますます高まったといえる。

 にもかかわらず、大半の人は仕事や日常の雑事に追われ、常に「忙しい」「時間がない」と不平を口にし、「本当にやりたいことができない」と愚痴を吐き続けている。なぜなのか。

 本書の著者もかつて、ライフハックを駆使すれば高い生産性と充実した生活を手に入れられると考えていたそうだ。が「それは錯覚だった」「生産性を高めようとする努力が事態をかえって悪化させるのは、それが単なる現実逃避にすぎないからだ」と喝破する。

 忙しさは麻薬だ。予定を詰め込み、目先のタスクをこなしていれば「自分は努力している」「効率的に動けている」と一時的な高揚感を得ることができる。しかし、近視眼的に忙事を捌(さば)くことにとらわれ、自分が本当にやりたいこと、大切にしたいことを犠牲にしてはいないだろうか。「いつか余裕ができたら」を言い訳にして、本来向き合わなければならない事柄から目を背けてはいないだろうか。

 時間は有限である。仮に80歳まで生きるとして、人生はたった「4千週間」しかない。だからこそ、本当に注力しなければならない事柄に集中し、他は容赦なく捨てる勇気を持たなければならない。本書では、そのために必要な考え方や手法が、具体的に解説されている。

 そもそも皆、薄々気づいていたのでは。「生産性や効率を無闇(むやみ)に追求しても、人生、そう上手(うま)くはいかないし、幸せにもなれない」と。そんな身も蓋(ふた)もない現実を詳(つまび)らかにした点も、本書が支持された所以(ゆえん)だろう。

 本質を履き違えた効率志向への強烈なカウンターである。=朝日新聞2023年4月1日掲載

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 高橋璃子訳、かんき出版・1870円=10刷35万5千部。昨年6月刊。「時間という限られたリソースに目を向けることを説いた類書は少ない。翻訳も読みやすく支持を集めている」と版元。