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「田中敦子と具体美術協会」書評 集団と個人をめぐる新たな視点

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2023年04月08日
田中敦子と具体美術協会 金山明および吉原治良との関係から読み解く 著者:加藤 瑞穂 出版社:大阪大学出版会 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784872597707
発売⽇: 2023/01/20
サイズ: 22cm/398p

「田中敦子と具体美術協会」 [著]加藤瑞穂

 「具体美術協会」は、いま世界で注目を集める戦後日本の代表的な現代美術の動向だ。昨年から今年にかけて、関西の国公立美術館・二館共同で行われた大規模な回顧展でも「GUTAI」と表記され、美術の世界共通語となっている。だが、具体にスポットが当たるあまり、身をおいた美術家たちが構成員としてみなされる傾向も強かった。本書は、田中敦子というひとりの美術家をめぐって、具体という集団に所属した恩恵のみならず、少なからぬ相克についても論じる。旧来のモノグラフの提示というのとも違っており「集団の中の複数の個がどのような関係を築いたか」という新たな視点を提示する。
 複数の個として挙がるのが、やはり具体に属し、田中を生涯にわたり支えた金山明と、そうした共同性を支える環境を準備した具体の主宰者で、のちに袂(たもと)を分かつ吉原治良(じろう)との関係だ。これらを通じて、田中の代表作「ベル」や「電気服」はもちろん、金山と吉原についても現状で考えうる限りの調査を行い、三者の歩みが輻輳(ふくそう)する様が浮き彫りにされる。美術の世界であまりにも有名な吉原による「具体美術宣言」が、まるで当然のように議論してこなかった「そもそも吉原がなぜ『具体』という名称を選んだか」については、戦前まで遡(さかのぼ)って分析されている。また宣言の同時代に吹き荒れた西欧からのアンフォルメルの「旋風」と、提唱者ミシェル・タピエの哲学的な本意とのずれが国内の美術批評家とのあいだでどのようなものであったかについても、これまでになく詳細に触れている。
 現在、アートの世界では「コレクティブ」と呼ばれる集合的制作・活動が注目される。著者が提示する集団とも個人とも異なる、両者が複雑に絡み合う視点は、20世紀以降の前衛・現代美術の多くが、かつての「団体」とも異なる集合性を孕(はら)んでいたことを考えたとき、美術の見方に新風を呼び込む。
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かとう・みずほ 1967年生まれ、大阪大学総合学術博物館招へい准教授。芦屋市立美術博物館学芸員を経て現職。