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「師弟百景」書評 伝統を次代へ ともに歩む人々

評者: 長沢美津子 / 朝⽇新聞掲載:2023年04月08日
師弟百景 “技”をつないでいく職人という生き方 著者:井上 理津子 出版社:辰巳出版 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784777828258
発売⽇: 2023/03/01
サイズ: 19cm/215p

「師弟百景」 [著]井上理津子

 京都で左官修業に打ち込む女性の場合、きっかけは通っていた中学校でのトイレの改修工事だった。きれいになると利用するのが楽しい。心の動いた体験が、高校での進路選択へとつながる。ネットで左官業を調べて、「グッときた」親方の門をたたいたのだ。
 等身大の自分から、未来をたぐり寄せている。かっこいい。応援したくなる。
 伝統の世界に「一子相伝」の血統主義ではない師弟関係がある。技術と伝統は、どう受け継がれるかを本書は探る。著者のフィルターは透明で、職人はこうあってほしいという外からの勝手な願望を持ち込まない。これまで命が生まれる産院や、最期を迎える葬送のリアルを描いたように、その場所でいまを生きる人に正面から聞く。筆致はカラリとして、温かい。
 仏師、宮大工など16の仕事場に流れる師弟の時間はまさに百景だ。庭木を剪定(せんてい)する弟子に「かたいなあ」「もっとやわらかく」と指示を出す。これは目と感性の鍛え方。師が硯(すずり)を彫る手元を動画でとりまくる。横着でなく一瞬も見逃したくない弟子の熱意だ。無給の修業があることも著者は書き、美化も否定もしない。
 師匠がすでに親や先輩から「やらんでいい」「やめとけ」と反対された世代になっている。文化への誇りと危機感を持つからこそ、次につなぐ思いは切実だ。弟子たちは人の役に立ち、後世に残る仕事にやりがいを感じている。茅葺(かやぶ)き職人の師は、大学院卒や社会人からスタートする弟子を受け入れ「惜しみなく言葉で教えます」「時間がないんです」と語る。
 師弟が並んだ写真の自然体は、仕事と望む人生にずれがないからだろう。神学者シュライアマハーの『宗教について』にこうある。「弟子は、師が彼を弟子にしたので、弟子になったのではなく、弟子が彼を師として選んだから、彼は師なのです」。師弟は好きなこと、同じ目的のために、ともに歩む同志でもあるのだ。
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いのうえ・りつこ 1955年生まれ。ライター。著書に『さいごの色街 飛田』『葬送の仕事師たち』など。