噂を流している子は同じ顔をしている
――表紙は手書きの『あの子』というタイトルと、子どもの顔。ページをめくると真っ白な紙に、同じような表情をした顔だけで構成され、子どもたちの会話が並んでいく。「あの子といっしょにおらんほうがええで」「ほんまに?」「わたしもきいたことあるわ」……好奇心がどんどん膨らんで、噂をする子どもたちがどんどん増えていく。ひぐちともこさんが描いたこの作品は、子どもにも大人にもドキッとさせるものがある。ひぐちさんの子育ての経験から生まれた絵本だ。
低学年だった息子が、ある日学校から帰ってきたときに、こう言ったんです。「〇〇くんと遊んだらあかんねんて」。どうしてか聞いてみると「なんでかわかれへんけど、みんな言うてる。××くんも△△ちゃんも、みんな言うてた」と答えました。ただ友達に聞いたということだけで、そうやって理由もわからないのに疎外されてしまったり、噂だけが広がっていくのは理不尽な感じがします。それを絵本にしたいと思ったのがきっかけです。あまり説明っぽい絵本にはせずに、起こったことに対して自分の頭で考えてもらいたいという思いで作りました。
文章が先にできたのですが、絵でどういうふうに表現しようかと悩みましたね。場所が学校とわかるように背景を描くとリアルすぎる感じがしました。それにあまり絵を詳しく描きすぎてしまうと、子どもはそこに目がいってしまって思いが伝わらないかもしれない。そんなとき、長谷川集平さんの『絵本づくりトレーニング』(筑摩書房)という本に、顔だけで構成されている作品があるのを見て、こういう表現だったら伝わるのではないかなと考えました。この絵本に出てくる顔は、切り絵なんです。顔の輪郭は紙をちぎって思うがままに貼り、そこに色鉛筆で髪の毛や目鼻を描いていきました。一つひとつよく見るとみんな違っているんですよ。本当はそれぞれ違うのに、噂をしているときはみんなが同じようになってしまう。そんなところを表現しました。
立ち止まって想像することが大切
――渦巻きのように顔が並んでいくページは、とてもインパクトがある。子どもたちは聞いたことを流しているだけで、誰かを傷つけているという意識はない。使われている言葉はすべて関西弁。昨日のテレビのことを話すような気軽さで、痛みのある言葉を広めていく。
大阪生まれなので関西弁の方がしっくりきて、私が作る絵本はみんな関西弁なんです。でも、この本では「誰かは知らんけど」「ゆうてたもん」という他人事のような言葉が、標準語を使うとちょっときつく聞こえるのもあって、関西特有の悪気のないいいかげんさが合っているかなと思っています。
渦巻きにしたのは、噂が広まっていく感じをイメージするのに、一番いい表現かなと思ったからです。絵本を読んだ子どもに「この渦巻きのページが怖い」と言われたことがあるんですが、それは願ったりかなと思っています。「いっしょにおらんほうがええ」と言われた子にとっては、深く考えずに話すみんなが、こんなふうに同じ顔に見えるんじゃないかと思っています。タイトルに使った「あの子」は、噂を流した「あの子」でもあり、噂を流された「あの子」でもある、そういう当事者になっていないか、考えてもらえたらと思っています。いつか友達に同じようなことを言われたときに、噂話として流したらこうなるかもな、とふと気づいてくれたら嬉しいです。
この本を出してすぐに、企業から新人教育に使いたいというお申し出がありました。普段から子どものために絵本を描くということを意識していなかったので、大人にも響いたということはすごく嬉しかったですね。
――『あの子』の最後に、教訓や道徳を教え込むような言葉は描かれていない。「あの子とはなしてみたらええやん」という言葉に「…ん」とだけ返事をする相手の子。この言葉は、ひぐちさんが編集担当者さんと悩んで生み出した答えだ。
ここで「そやね」と書いてはいけないんです。そんなに簡単に解決する問題じゃない。「…ん」と止まって考えることが、とても大事なことだと思います。この絵本を読んで、あえてどう感じるのか自分に問いかけてみてほしいです。相手の立場になってものごとを考えることが大切で、イマジネーションを働かせることができれば、結果は違ってくるのではと思います。
日本の教育って、突出したことをするのを良しとしない教育ですよね。横並びが好きで、みんなと同じようにしていればうまくいく。でも、あんなこと言われてかわいそうやな、と思う子はいると思うんです。自分の頭で考えて「それってほんまやの?」という勇気の一言を発してくれる子が出てきてくれたら嬉しいなと思っています。