武田信玄の甲冑姿で登場!
桜が満開の東京・神田のワテラスコモンホールにて、開かれた番組初の公開収録。リスナーの万雷の拍手の中、現れたのは絢爛豪華な甲冑姿の今村さん!「今日は武田信玄で来ました~!」
前半のゲストは、鹿児島県で甲冑の製造・販売・レンタルを手掛ける「甲冑工房丸武」社長の田ノ上智隆さん。「ドラマなどでは重厚感を出すため、わざと褪せた風合いをつけるが、実際は贅を尽くした色鮮やかなものだった」「動くとガチャガチャ音が鳴るイメージだが、実際の鎧は鉄に皮を巻き、漆を塗ったものなので、そんなに音がしない」などなど、歴史好きにはたまらない鎧トークが弾みました。
小川哲さんがオファーを受けた理由
さて、本日のメインゲスト・小川哲さんをお迎えするため、私服に着替えた今村さん。「さっき楽屋でご挨拶したけど、作家さんって感じやったわ」と話す今村さんに「え、待って待って、ご自身も作家さんでしょ⁉」と山崎さんのツッコミが。「いや~落ち着いてはったわ」「ということは、自分は落ち着きない、と?」「落ち着きあるやつ、武田信玄の恰好するかいな(笑)」。会場が笑いに包まれる中、落ち着いた(⁉)足取りで、小川哲さんがご登場。ここからは、鼎談を再構成してお届けします。
山崎怜奈さん(以下、山崎):今回、どうしてオファーを受けてくださったんですか。
小川哲さん(以下、小川):こういう作家の人との対談だと、お相手の本を読んでいかないと怒る人とかいるんです。それで、お話いただいたときに、「あの、今村さんの本読んでいかないとだめですか」って聞いたら、「いや、絶対、今村さんも小川さんの本、読んでないんで大丈夫です」って言ったんで(笑)。
今村翔吾さん(以下、今村):いや、小川さん、普段やったら俺もそうやねんけど、今回は頑張ったわ。しかも、俺『小すば(小説すばる)』の連載で読んでたんよ。だからこれでいこうと思ってたら、単行本化に際してだいぶ変わったって言われて、結局もう一回読んだわ。結構、後半変わってたよね。
山崎:どうして変えたんですか。
小川:単純に800ページとかあったんで、このままだと長いから本の単価が三千円~四千円になっちゃうけどどうしますかって。編集の人が「そのままでもいいんですけど、商品としてのパワーは落ちますよね」って。
山崎:商品としてのパワー…。そこのせめぎ合いってありますよね。届けたいものの熱がのっかってる質量と、実際に読み手のことを考えた質量と…。
今村:あるよね。あと、一冊に収めるのか、分冊にするのか中途半端な長さの場合も悩みどころ。分冊するなら、もう100枚書かなあかんけど、蛇足な気もするし。ただ、基本的に刈り込む方が作品はきゅっとまとまるよね。
誰が生き残るかは作家自身もわからない
山崎:小川さんの『地図の拳』も今村先生の『塞王の楯』も、鈍器かってくらい分厚いですよね。プロットの段階で、このくらいのボリュームになるなって想定して書き始めるんですか?
小川:いや、僕プロット書かないです。
今村:あ、僕も。
山崎:お二人とも、作品の登場人物がめちゃめちゃ多いのに、お話がしっちゃかめっちゃかにならない。それってどうやって収拾つけているんですか。素人からすると、物語が進むにつれて、人物が生きてきて、自分が最初に思っていた方向に行かなくなると思うんですけど…。
小川:行かないですね。だからプロット作れないんですよね。今回の作品で言えば、戦争が終わるまでっていうおおまかな設定はあるけど、誰が最後まで生き残って、誰が死ぬかは書いてみないとわかんなかったです。
今村:僕もそうですね。『塞王の楯』も大津城の戦いまでっていうのは決めてたけど、誰が死ぬのかはわかってなかった。
『地図と拳』に見た『百年の孤独』
山崎:今回、直木賞を受賞された『地図と拳』は、うーん、内容を説明するのが難しいんですけど…、今村先生お願いします!
今村:いや、これ短時間で説明するには無理があるよ。満州国の都市計画の……と流れを言ったところで本質を突いてない気がするし。小川さんはこの小説をどういう位置づけで書いたんですか?
小川:僕は歴史小説だと思って書いていました。
今村:僕はこれガルシア=マルケスの『百年の孤独』に似てるなと思って。南米の開拓地で生きた人々を数世代にわたって描いた作品なんだけど、そういう重厚感がある。
山崎:『地図と拳』も、満州という一つの国が生まれて滅びるまでの半世紀を、都市計画をカギとして、複数の人物の視点で描く群像劇ですね。
今村:僕が、面白いと思ったのは孫悟空(ソン・ウーコン)。超人的な力を手に入れるために修行をするシーンがあるんだけど、あそこだけ異質で。プロットを作ってないという話を今聞いて、そうやろなって。登場人物の間の出会いも(計画されたものじゃなくて)小川さんの頭の中のめぐりあわせなんやと思う。
僕、プロット書かへん人は“言い訳力”が強いと思ってて。書いている間に頭の片隅で、ああいう風に書いたな、じゃあここをこうしとかなあかんなっていうのを考えてる。
小川:そうですね。辻褄を後から合わせたり、こいつがここでなんで出てきたかっていうのを、あとから理由付けしたりしています。
ウィキペディア時代の歴史小説の読み方
山崎:この小説は3年くらいかけて書かれて、しかも参考文献が150冊くらいあって。どの本からどれを参考にしたかわからなくなりそうですが……。
小川:だから150冊なんすよ。150冊全部読んでから書き始めたのではなくて、初めに2,3冊読んで書き始めて、そこから調べものが出た時に使った本を段ボールにまとめて入れていて。3年の間に、どの本をどう使ったか忘れちゃったんで、全部載せるしかなかったんですよね。
今村:僕、いつも思うんですけど、参考文献って必ず載せないといけないわけじゃないんですよね。
小川:そう。小説の「参考」って、その本の記述をモチーフにして主観的に書いていたりするから、出典を明記するべき「引用」とも違う。でも、今後この扱い方も厳しくなる気がしていて、怖いから全部載せたっていう(笑)。
今村:僕は逆に参考文献載せてないんですよ。噺家とか講談師的な感覚なんで、元ネタはこれなんだっていうのを気づかせたくなくて。
小川:その気持ちは僕もあります。全部載せればいいんですよ。ちょっとしか使ってないものも、すごく参考にしたものもいっしょくたにすれば、ぼやかせる。
山崎:『地図と拳』は実際にあった満州の大同都邑計画がもとになっています。まず、まっさらな状態で読んで、次に歴史を調べながら読むと、「はあー!」と二回目に読んだときの読み応えがすごくて。
小川:気軽に調べられるようになったのが、昔と今の歴史小説の違いですよね。ウィキペディアに載っているからあえて説明しない、という選択を作者側ができる。その分、個人の動きに力を入れられる。
山崎:まさに個人の動きが描かれた、335ページあたりの「講演」のシーン(「戦争構造学研究所」所長の細川が人類の未来を予測する「戦争構造学」の必要性を訴える)。あそこは本当にすごかった。
今村:そうやね。やっぱり僕とはタイプが違うんやなって思った。小川さんの小説家としての意思と意図を感じる。俺だったらこっちの路線は行かへんなあって、驚きがいっぱいある。
今村×小川、お互いの印象は…
山崎:そもそもお二人はお互いを認識してらっしゃったんですか?
小川:もちろん、もちろん。
今村:僕のイメージってどうでしたか?
小川:良くも悪くもイメージ通りっていうか、あんまり作家にはいないタイプですよね。前に出るのを嫌がらないタイプ。
今村:良くも悪くも(笑)。
小川:僕、直木賞を獲る一年前に電車に友達と乗ってたら、今村さんが袴穿いて仁王立ちしてる車内広告があって。友達が「小説家ってこんなこともやらされるんだね」って言うから、「今村さんも本当は恥ずかしいけど、本を売るために仕方なくやってるんだから、そんな変な目でみないであげて」って言ったんですよ。
山崎:(小声で)いや、それが意外とノリノリで…。
小川:一年後に僕、同じことされたんですよ。集英社に。
今村:集英社ってそういうことさせがち(笑)。『塞王の楯』も『地図と拳』も集英社やもんな。
小川:六分儀を見つめるポーズとか取らされて。その時も、編集者さんに「今村さんかわいそう。僕の友達なんか、目立ちたがり屋って勘違いしてましたよ」って言ったら、「いや、本人ノリノリでしたよ」って(笑)。僕は、別に有名にはなりたくなくて、ただ、本が売れたらお金がもらえるんで、お金がもらえるってことは仕事を絞って、一冊に長い時間をかけられるから、売るために仕方なくやるって感じですね。
今村:わかるよ、わかる。そのためにもテレビ出ましょう。正直ね、僕も全部ノリノリではない。羞恥心は持ってます(笑)。タイプの問題じゃないかな。野球選手でも粛々とやる人もいれば、熱男(松田宣浩選手)みたいな人もおるやん。僕はこっちの役回りを背負わされたかなと思ってる。
小川:そうですよ。ほかにできる人もいないから、ありがたい人材ですよ。
山崎怜奈の推しは、冷静沈着な「細川」
山崎:作品の話に戻りますが、『地図と拳』めちゃめちゃ面白かったです。当時の人がこの風景とか流れている音とかどういう気持ちで聞いていたんだろうって、いろんな目線になって本の中の時代を味わえるっていうか。宮内庁のホームページで、玉音放送聞きにいきましたもん。
小川:ありがとうございます。
今村:僕からは「厚さにびびらんといて」と言いたいですね。ちょっとずつ読み進めていって、終わった時にちょっと寂しくなる、井上靖さんの『敦煌』のような小説。毎日決められた量を読むのに向いている作品な気がします。
山崎:ちなみに、私の推しは細川。日本からの密偵に帯同し、通訳として満州に渡る人物です。淡々と決断を下す冷静さと、さっきもお話した「講演」のシーンにやられました。他にも魅力的な人物がたくさん出てくるので、ぜひ皆さんにも読んでいただきたいです。
前半の収録を終え、「このまま飲み屋に一緒に行けそうですね」(山崎)、「タイプが違うからこそ聞きたいことがいっぱいある」(今村)、「めちゃくちゃ面白そう!」(小川)と、すっかり意気投合した三人。後半は、番組のコーナー「私を構成する一冊」について語ります。
「退場のさせ方」を学んだ『三国志』
山崎:次は、自分自身を示す上で大切な本の中から一冊ピックアップして紹介していただく、「私を構成する一冊」というコーナーにお付き合いいただきます。そちらがその一冊ですか?
小川:はい。横山光輝さんの漫画『三国志』です。高校時代、みんなロッカーの中にそれぞれが漫画を置いてて、それを授業中に読み合うっていうことをしてたんですね。僕が置いてたのはあだち充の『タッチ』だったんですけど、友達が『三国志』を置いていて、そこからハマりました。
今村:僕も読みましたね~。誰推しでしたか?
小川:僕、昔から有能な老人キャラが好きで、黄忠(こうちゅう)という弓がめちゃくちゃ強い老人を推してました。
今村:わかる! 僕もめっちゃ強い老人キャラが好きなんよ。引退してたのにカムバックしてきて、めっちゃ強い、みたいなん。
小川:クラス全員読んでるから、当時も誰推しって話になりましたけど、諸葛亮とか答えちゃうと「浅い」って言われるんですよね(笑)。
今村:劉備、諸葛亮あたりは浅いですよね。
小川:浅い、浅い! 逆に董卓(とうたく)とか言ってるやつは逆張りしすぎじゃない、さすがに嘘だろ、みたいな(笑)。
今村:『三国志』はそういう楽しみ方ができるよね。
小川:作家として見ても、めちゃくちゃ強くしすぎた人物をどうやって退場させるかっていうテクニックが、横山版『三国志』には詰まってるんですよね。
山崎:三谷幸喜さんも『鎌倉殿の13人』を書く時に、この人、歴史上ではもういないけど、いなくなり方は史実ではわかっていないから、どう書くかめちゃめちゃ悩んだっておっしゃっていました。
小川:この『三国志』は蜀視点で描かれるんですけど、蜀っていうのは、そもそも史実として敗北した国家なんです。諸葛亮が英雄的に描かれていて、読んでいると、こいつがいたら負けるわけないじゃんって思うんですけど、歴史としては負けないといけない。そこをすごく丁寧に描くんですよ。
今村:僕もこの間『平家物語』を題材に『茜唄』っていう小説を書いたんですけど、平家やから負けばっかりなんですよ、主人公なのに。五回連続負ける流れを書かなあかんとか、きつかったなあ。だからやっぱり負け方をどう描くかが重要なんですよね。
山崎:小川さんも人物の退場の仕方に悩まれましたか?
小川:いや、悩んだ記憶はないですけど、それは横山版『三国志』のおかげかもしれません。
今村:そもそも原稿であんまり悩まない?
小川:いや、悩みますよ。書かなきゃいけないシーンはわりと簡単なんですけど、どちらに進んでもいいときに、どっちにいこうかなとか。僕はひねくれてるんで、誰も行ったことのないけものみちに進みがちです。
山崎:読む側にとっては、そこに振り回されて面白いです。
今村:俺は結構、縛りプレイとか始めちゃう。
山崎:え?
今村:相手の視点を取った方が楽やねんけど、俺は絶対こいつの視点から外さへんぞ!って縛りを設定して、自分の実力を高めていく、みたいな。
小川:僕も長編を書く時には、何か一つは新しいことに挑戦するって決めています。
今村:宮城谷昌光先生もおっしゃってた。作家はちっちゃくてもいいから挑戦を続けないと、読者は馬鹿じゃないから飽きられるよって。(山崎さんに)どう、尊敬した?
山崎:尊敬してますよ、いつも! ただ今村先生はイジッたときに嬉しそうなお顔されるんで(笑)。
書く人の頭の中が気になる『地図と拳』
今村:小説のジャンルでいうと、小川さんのSFと、僕の歴史ってけっこう遠い位置関係。誰を介したら小川さんに通じるかわからん、みたいな。
山崎:これを機に、歴史界隈の人とSF界隈の人をお互いが呼んで飲むっていうのはどうですか。
小川:それはちょっと…嫌ですね(笑)。面倒だから幹事をやりたくない(笑)。
今村:じゃあ僕の島の愚痴を言うから、小川さんにはそっちの島の愚痴を言ってもらって、トレードしましょう。
小川:ぜひぜひ!
山崎:ということで、本日のゲストは小川哲さんでした!
小川さん退場後のエンディングトークでは、今村さんが「あれを書く人の頭の中がどうなってるんやろって、気になる。このあと、小川さんにLINEを聞くつもりやけど、これで断られたらどうしよ(笑)」と言うと、「普通、その本を読んで感動すると感想を伝えたくなるじゃないですか、でも今回の『地図と拳』は感想を聞くっていうより、どういうロジックで作った本なのかがめちゃくちゃ気になる作品でした」と山崎さん。「そうそう。『ひねくれてるから』ってさっきヒントがあったけど、物語の方向性をどう制御しているのかとか、聞きたい」と目を輝かせて語っていました。果たして、今村さんは小川さんのLINEを聞けたのかどうか…。飲み会が実現すれば、「言って聞かせて」で配信もしたいとのことなので、続報を楽しみに待ちましょう!