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「神憑り軍人」たちは何を信じたか 藤巻一保さん「戦争とオカルティズム」インタビュー

藤巻一保さん=撮影・北原千恵美

異常な時代の正体を明らかにしたかった

――藤巻さんの『戦争とオカルティズム 現人神天皇と神憑り軍人』は、陰謀論や超古代史などのオカルトに魅了された旧日本軍の軍人たちを通して、日本を〈聖戦〉へと導いたイデオロギーに迫った異色の戦争裏面史です。執筆のきっかけを教えてください。

 若い頃から秘教的な世界に興味があって、長年その分野の本を書いたり編集したりしてきましたが、一方で日本は神の国であるという信仰に支えられた明治から昭和までの日本についてもずっと気になっていて、いつか書いてみたいと思っていたんです。この本を読んでいただければ分かるとおり、それはまあ異常な時代ですよね。この異常さの正体を、なんとか明らかにしたいという思いが30代頃からずっとあった。陰陽道や密教などのオカルティックな分野を研究し続けてきたのも、かつての日本を覆っていた狂気の背景に迫りたいという動機があったからなんです。

 特殊なテーマなのでなかなか書かせてくれる媒体が見つからなかったんですが(笑)、月刊「ムー」編集長の三上丈晴さんに相談したら連載を快諾してくれて、やっと書くことができた。この本は「ムー」に4年間隔月連載した原稿に、大幅に手を入れたものです。

――旧日本軍の軍人についてはすでに多くの研究がありますが、オカルトをテーマにした本は珍しいですね。

 ええ、こういうアングルから国家や軍人を描いた本はないと思います。いくら合理的な分析を積み上げても、「神憑り軍人」を多数生み出した異常な時代を理解することはできない。怪しげなオカルトだからといって、無視していいテーマではありません。

 戦前には現人神信仰という官制神話のもと、数多くの宗教家やオカルティストが出現しました。その言動には荒唐無稽に思われるものもありますが、それがエリート軍人たちの思想に大きな影響を与え、ひいては軍の方針をも左右していく。その怖さを感じ取ってもらえたらと思います。

藤巻一保さん=撮影・北原千恵美

ユダヤ=悪という陰謀論、日本の大陸進出を後押し

――第1章「ユダヤ禍と竹内文献」では、ユダヤが世界を支配しようとしている、というユダヤ陰謀論に取り憑かれた軍人たちを取りあげています。戦前の日本で、ユダヤ陰謀論が広まった理由は何だったのでしょう。

 ひとつには社会・経済の行き詰まりがありますね。当時の日本には資源や土地を求めて、中国大陸に進出する以外、この行き詰まりを解消する方法がないという危機感、切迫感があった。そんな時、大陸進出に都合のいい大義名分として利用されたのが、ユダヤの魔手から東洋を守るんだ、という言説でした。国民は気づいていないけれど、ユダヤの勢力は中国や、ソ連、欧米を操って、すでにアジアや神国日本を侵食している。その強大な敵と戦うのが神国日本の使命で、だから日本は全アジアを救済するために大陸に進出しなければいけないんだ、という勧善懲悪のストーリーが、「聖戦」を後押ししていった。

 それは陰謀論に過ぎないと退けた軍人も多かったんですが、いつの時代も危機を煽る側は声が大きいですからね(笑)。妄説だと分かっていながら、プロパガンダとして利用していた者もいたと思います。

――日本におけるユダヤ陰謀論に大きな影響を与えたのが、陸軍中将・四王天延孝。ユダヤと秘密結社フリーメーソンの脅威を訴え続け、1942年の衆議院選挙では全国トップ当選を果たしています。

 四王天は陸軍幼年学校から陸軍大学にいたる間にフランス語、ロシア語、英語を身につけ、第1次大戦後のフランスに4年間滞在するなど、海外経験も豊富だった。そんな彼が海外でナマのユダヤ禍論に触れ、国内の状況にも危機感を抱くようになる。フリーメーソンはフランス革命やロシア革命を引き起こし、君主制国家を壊滅に導いた。このままだと日本の天皇制も危ないんじゃないか、というわけです。

 その背景には大正デモクラシー以降急激に広がったリベラルな価値観、欧米流の生活スタイルへの反発がありました。四王天にはそれがすべてユダヤの破壊工作に思えた。また、1918(大正7)年のシベリア出兵で出征した日本の軍人や軍属の一部が、ロシア革命から逃れてきたロシアの軍人などからユダヤ陰謀論を吹きこまれ、日本に持ち帰って「日本危うし」と叫び始めた。そのあたりの経緯は本書で詳しく書きましたが、このユダヤ陰謀論が天皇信仰とセットになって、大正以降、猛烈な勢いで日本に広まっていくんです。

――ユダヤ問題に関心を抱く軍人たちの間では、モーゼやキリストが日本に渡来していたと主張する偽書「竹内文書」なども信じられていたようですね。

 キリストが日本で死んだとか、世界文明は日本から始まったという奇説がなぜ当時もてはやされたのか。そのひとつの理由は、明治以降の日本人が抱えていた欧米への強烈な劣等感です。科学技術ではとても欧米に太刀打ちできない。じゃあ何で勝てるのかといえば、古代から現在まで連綿と天皇家が続いているという、万世一系の神話なわけですよ。世界を見渡しても、そんな国は日本以外にはない。なぜ日本天皇だけが続いてきたのか。それは天皇が神(天照大神)の直系子孫で、日本だけが特別な神の国だからなんだという教育を、明治以来、国家が国民に植え付け続けてきた。そのあだ花として、「竹内文書」流の主張も生まれてきた。

 こうした超古代史オカルトには海軍大将の山本英輔、陸軍大将で首相にもなった小磯国昭など多数の軍人が、それこそ骨がらみで魅了されています。地位のあるエリート軍人がなぜ、と思うかもしれませんが、エリートだからこそ信じ込む素地があった。明治政府が打ち出した現人神天皇・神国日本信仰という官制神話を、若い頃からたたき込まれたのがエリート軍人たちです。純粋培養された集団ですから、オカルティックな思想とも親和性が高い。国家が若者に偏った思想を植え付けたらこうなるんだよ、という恐ろしい実例ですね。

二・二六事件の背後にうごめくオカルティストや神憑り軍人

――第2章「古神道系団体の周辺」では、儒教や仏教が日本に入る前から存在していたと主張する〈古神道〉系の宗教団体と軍人たちの深い繋がりを探っています。

 明治以降、天皇は現人神であるというイデオロギーが国民に強制されました。その思想的裏付けになったのが神道であり「古事記」「日本書紀」でしたが、そこで語られる神話は単純素朴で、中国やエジプトなどの古代文明に比べると歴史も浅かった。

 それで古神道家たちは神霊とコンタクトしたり、「竹内文書」などの偽書を用いることで、よりダイナミックな天皇家の物語を生み出していきます。それに多くの軍人が魅せられ、大本教などの古神道団体に入信する。海軍大佐だった矢野祐太郎のように自ら神霊のお告げを受けとって、秘密結社を起こす者も現れる。これは天皇現人神信仰がひき起した自家中毒現象なのです。

 しかしその結果、古神道団体はしばしば「古事記」「日本書紀」の記述から逸脱し、大本教のように弾圧を受けることになる。明治政府が用意したストーリーから外れてしまうと、たとえ天皇崇拝という同じ方向を向いていても、排除の対象になってしまうんです。

――第3章「二・二六事件と天皇信仰」では昭和史を揺るがした大事件の、オカルティックな側面が明らかにされます。

 当時の日本軍は、天皇を絶対不可侵の高みに持ち上げながら、それを統治の〈駒〉として利用していた統制派と、文字通り天皇を現人神と見なしていた皇道派に分けられます。後者の典型が、二・二六事件に関わって処刑された磯部浅一でしょう。

 この章では他にも、日本心霊科学史上、特筆すべき家系に生まれた清原康平、霊媒体質の陸軍少佐・大久保弘一など、あまり取りあげられることのない軍人にもスポットを当てています。二・二六事件については論じ尽くされた観がありますが、オカルティックな背景に着目することで、この時代を覆っていた異様な空気があらためて浮かんでくると思います。

――そして第4章「皇国史観の牢獄の中で」で扱われるのは、昭和天皇と東条英機。天皇は現人神であるという官制神話を、昭和天皇その人はどう受け止めていたのか。〈異形のパズルのピース〉としての天皇像を描いた、力のこもったパートです。

 今いったように軍部のエリート幕僚たちは、天皇を絶対視しながら、それを統治のための道具として最大限に利用していました。昭和天皇はそこに違和感を覚えたし、戦争に突き進む軍部を止めようとも努めたんですが、できることはほぼなかった。戦後、自分は囚人同然で無力だったと告白しているとおりです。じゃあ昭和天皇は単なる被害者だったのか、そうした見方は正しいのかという問題を探ったのがこの章です。

藤巻一保さん=撮影・北原千恵美

戦後社会が目を背けている天皇というトラウマ

――藤巻さんはこの本に「グロテスク」という仮題を付けておられたそうですね。確かに通読すると、当時の日本のグロテスクな姿が浮かび上がって、ぞっとさせられます。

 そうでしょう。天皇は現人神だと教えられていたこと、それを利用した巧みな二重支配が国家によって行われていたことなど、すべてがグロテスクで、恐ろしいですよ。そのグロテスクさの正体に、国体を論じた前著『偽史の帝国』(アルタープレス)とオカルティズムを扱ったこの本で迫ることができたと思います。

 このようなグロテスクな国家を生み出さないためには、我々一人一人が自分の頭で考え、行動することが大切。教育の最大の目的は、自分の頭で考えられる人間を育てることじゃないかと思うんですよ。

――「あとがき」で藤巻さんは過酷な戦争を体験したご両親にとって、天皇の存在は古傷だったと述べています。

 敗戦後シベリアに抑留された父は、天皇について語ることがありませんでした。戦争で苦労した母も天皇には拒絶感を示していた。当時を生きた多くの日本人にとって、天皇は触れたくないトラウマだったのだと思います。そしてそのトラウマは直視されないまま、戦後社会にも温存されている。

 天皇はなんとなく古くて高貴で、日本人にとって大切なものだというイメージが今も共有されているでしょう。しかしなぜ天皇が日本の象徴なのか。象徴とはどんな意味なのか。誰がそれを認めたのか。マスコミも学者もこの問いに真正面から向き合うことを放棄しているように思える。私にはそのことが、覆い隠された古傷のように見えるんです。

――私は藤巻さんが1990年代~2000年代にかけて監修されていた「ブックス・エソテリカ」(学研)シリーズに衝撃を受けた世代です。藤巻さんは宗教・オカルトの世界を一貫して探究されてきましたが、その動機は何なのでしょうか。

 宗教関係の本を意識的に読み出したのが高校時代で、以来50年以上研究や実践を続けてきました。ちなみに若い頃は美術も大好きで、イタリア・ルネッサンスに夢中になり、1年かけてヨーロッパ中の美術館を巡ったこともあります。いろいろやってきましたが、結局自分は神様を求めて動かされてきたのだろうなと思います。神様といっても特定の宗教の神ではない。火の神様、水の神様、風の神様……要するに自然神と呼ばれてきた神々です。

 最近は多様性ということがよくいわれますが、信仰の世界でも大切なのは多様性なんです。明治以降の政府はその多様性を排除し、天皇という唯一神を国民に押しつけたことで、極めてグロテスクな社会を招いてしまった。この本にはその具体的な例が、いやというほど書かれています。できるだけ多くの若い方に読んでもらって、考えるきっかけにしてもらえれば嬉しいと思います。