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未上夕二さんの人生の一部になった「レ・ミゼラブル」

©GettyImages

 ミュージカル「レ・ミゼラブル」が日本での初公演を迎えた年、自分は高校生だった。

 いつものようにテレビの前に座ってだらだらと過ごしていると、この舞台のプロモーション番組が始まった。オーディションや練習風景を紹介する番組の山場はキャストが勢ぞろいで歌う「民衆の歌」だった。

 勇ましいホーンセクションの音を凌駕するキャスト達の迫力ある歌声と、心を奮い立たせるようなメロディーに、これはぜったいに観にいかねばならないとテレビの前で一人興奮していた。

 問題は二つあった。

 一つはお金。正確な料金は忘れてしまったが、高校生の自分には一番安いウン千円の席でも十分高かった。それでも情操教育になると考えた両親からの援助と、お年玉の残金で無事に購入することができた。──二人分。

 もう一つの問題は誰と行くか、だ。ひとりで帝国劇場という大人の場所に行く勇気もなかったし、なによりもモテたい盛りで彼女が欲しかった。

 世界で大人気のミュージカル、「レ・ミゼラブル」が日本で初めて公演されるから、というのは恰好の口実のように思え、ドキドキしながら当時気になっていたKさんという人に声をかけてみた。すると、彼女もその番組を見て面白そうだと思っていたらしく、無事に誘うことができた。女性と二人きりで出かける初めての経験だった。

 初めて観るミュージカルは最高だった。歌声に圧があると知ったのもその日が初めてだったし、オーケストラの迫力ある音を浴びたのも初めてだった。革命を決意する若者たちの歌、「赤と黒」に震え、叶わぬ恋のやるせなさを切々と歌うエポニーヌの「オン・マイ・オウン」に視界が滲んだ。そしてラストを飾る「民衆の歌」に圧倒された。

 高揚した気分のまま近くの喫茶店に行くと、感想を語り──あえればよかった。

 小説を読むのも、テレビでドラマや映画を観るのも好きだったけれど、誰かとじっくり作品について語りあうような経験はしたことがなかった。

 せいぜいが「すげー」とか「かっけー」とか「だせー」など、単語一つで済む程度の感想しか言ってこなかったのだ。

 初めてのデートということもあり、浮かれ、舞い上がり、混乱した自分は饒舌なKさんの感想にとっちらかった言葉しか返すことができなかった。

 やがて会話のキャッチボールは途切れ、先ほどまでの高揚はどこに行ったのか、冷え冷えとした空気のまま喫茶店を出た。その後、冷え切った空気は温まることはなく、Kさんと連絡を取ることもなくなった。

 実のところ、今でも感想を言うのは苦手だ。頭のなかに浮かんだぼんやりとした形の感情を言葉にしようとすると、途端に「これじゃない」というような気になってくる。

 ややほろ苦い思い出はあるけれど、今でも一番好きなミュージカルはと尋ねられれば、迷いなく「レ・ミゼラブル」と答える。どこからか「戦う者の……」と聞こえてくると、その日は「レミゼの日」となり、買いそろえた映画や舞台の映像を再生せずにはいられなくなる。

 そのくらい、このミュージカルは「すげー」のだ。