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「ユーチューバー」書評 中間色の領域 自然体の語りで

評者: 福嶋亮大 / 朝⽇新聞掲載:2023年04月22日
ユーチューバー 著者:村上 龍 出版社:幻冬舎 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784344041028
発売⽇: 2023/03/29
サイズ: 20cm/169p

「ユーチューバー」 [著]村上龍

 かつての村上龍の長編小説がよく鳴り響くモダン楽器の演奏のようなものだとすれば、本作にはどこか旅芸人の即興の歌のような趣がある。そこでは、めまいをもたらす極彩色の性描写に代わって、女性との思い出をはじめ、音楽や映画などにまつわる中間色の領域が(即興ゆえの言い直しや混乱も含みつつ)語られてゆく。つまり、読者を圧倒する強烈な毒ではなく、作家本人の「普通」のたたずまいが、気負いなく描かれるのである。
 予想に反して、本作は若いユーチューバーの生態をテーマとするものではない。村上の虚構の分身と言うべき作家・矢﨑健介の回想が、作品の主旋律となる。矢﨑は過去の多くの女性たちとの性愛の記憶を、新米ユーチューバー(40手前の自称「世界一もてない男」)を相手に自然体で語るが、その反復がやがて不思議な熱を帯び始める。短い動画をサーフィンするうちにすっかり時を忘れるように、読者は「吹き抜ける風」のような矢﨑の語りに、いつしか魅了されることだろう。
 そもそも、老いも若きも、ユーチューブでやるのは新たな発見・発明ではなく、自己確認の儀式である。誰もがそこで思い出の映像や音楽にひたり、好きな配信者の動画を習慣的にチェックする。本作はそのような回顧的な風土を肯定も否定もせず、ただ受け入れる。その中間色の文体は、強がりも反省もしないまま、楽しくも苦い思い出を一つ一つ探り当ててゆく。作家自身を形作ったものたちを、てらいなく率直に確認し続ける――世間も家庭も一切気にせずに。それが本作を貫くスタイルである。
 そこにはかつてのリッチで過剰な村上的世界はない。その代わり、パンデミックで眠らされた東京を背景として、人生のぼんやりした薄明の部分まで、わからないなりに語ってしまおうとする不思議なエネルギーがある。要するに、村上龍だけは昔と変わらず「小説家」なのである。
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むらかみ・りゅう 1952年生まれ。作家。著書に『限りなく透明に近いブルー』『愛と幻想のファシズム』など。