「母は死ねない」書評 ままならぬ人生 寄り添う視線
ISBN: 9784480815705
発売⽇: 2023/03/13
サイズ: 19cm/214p
「母は死ねない」 [著]河合香織
〈ただ育て、愛することがなぜここまで苦しいのか〉
17編の「母たちの物語」を描いたこのノンフィクションのあとがきに、著者はそう記す。
本書に登場する母たちは、確かに誰もがあまりに重い経験を語っている。殺された我が子の血を拭いたとき、自分は死ねないと決意した母親がいる。難病の子を育てる苦悩がある。失踪した娘を探す母親は、朝の光に何度でも希望を見出(みいだ)したと言う。彼女たちの経験を前に著者もまた立ち止まり、ときに言葉を失う。
だが、あとがきの言葉に強く頷(うなず)きながら、それでも読み終えたとき、心に残ったのは決して重苦しい気持ちではなかった。それは母たちのたどり着いた場所からの風景に寄り添い、それをともに見つめようとする著者の眼差(まなざ)しに温かさを感じたからだ。
本書で描かれる母たちはときに心を踏みにじられ、自分の選択だけではどうにもならない不条理に翻弄(ほんろう)される。読者は受け入れ難い苦しみに思える体験の数々に、ページをめくる手を止める瞬間もあるに違いない。
だが、私はそれでもその道の先にどんな景色が広がっていたのかを、著者とともに見たいと思わずにはいられなかった。それぞれの場所で世界の見方を変え、決して思い通りにはならない人生を引き受けていく人間の姿に圧倒されたからである。
人は誰もが不完全な存在だけれど、だからこそ、あらゆる人生には貴い意味がある。母とは、家族とはこうあるべきだという幻想を振り払い、自分の人生をそのようなものとして生きる。そのことが親のみならず、子供をも様々な呪縛から解き放つというメッセージを、自らも母であり娘として葛藤する著者は描いた。
そして、17編をひとつらなりの物語として読み終えたとき、気づくのだ。この本に満(み)ち溢(あふ)れていたのは、ままならない人生に向き合う全ての人たちへのエールであったのだ、と。
◇
かわい・かおり 1974年生まれ。ノンフィクション作家。著書に『選べなかった命』『分水嶺(ぶんすいれい)』など。