帰り道に抱えるいろんな気持ち
―― 友達とおしゃべりしながら帰りたいのに、さくらちゃんの家は、学校から歩いて1分。『さくらちゃんのかえりみち』は、家が近すぎて不満を抱える小学生が主人公です。お話はどのようにして生まれたのでしょうか。
私はいつも、お話の種を集めるように、なるべくたくさんの人からいろんなエピソードを聞くようにしているんですね。『さくらちゃんのかえりみち』の種となるエピソードは、担当編集者さんがお友達のお子さんの話として聞かせてくれました。
その子は学校から家がすごく近いんだけれど、友達と一緒に帰りたくて、自分の家を通り過ぎてしまったそうなんです。友達と別れてから、急いで家に戻ったらしくて。その行動がとてもかわいらしくて、お話の種になるな、と思いました。
ストーリーをふくらませていく上でまず考えたのは、「帰り道って何だろう?」ということ。学校の帰り道や職場からの帰り道など、いろんな帰り道がありますよね。毎日のように同じ道を、同じ景色を見ながら歩くけれども、そのときの気持ちはきっと毎回違うはず。行った先での出来事を反映して、うれしかったり楽しかったりすることもあれば、悔しかったり、悲しかったり、落ち込んだりすることもある。そんないろいろな気持ちを、リセットしたり落ち着かせたりもできるのが、帰り道なのかなと思いました。
―― さくらちゃんは、転校生のあおいちゃんのおかげで、短い帰り道も楽しめるようになります。かさいさんご自身は、子ども時代の帰り道の思い出はありますか。
『さくらちゃんのかえりみち』を作っている間は、さくらちゃんの気持ちばかり考えていて、自分の帰り道のことをまったく思い出さなかったんですね。でも本ができあがって弟に送ったら、「思い出したよねぇ」と言われて。私は北海道の小さな町で生まれ育ったんですが、父が教員で、学校の敷地内の教員住宅に住んでいたんです。30秒くらいで家に帰れたから、さくらちゃんよりも近かったんですよ。
弟は当時、わざわざ一度校門の外に出て、遠回りをして家に帰っていたそうです。学校という特殊な世界の結界を破るみたいな気持ちだったと話していました。私は、中学以降は中高一貫の寄宿舎のある学校に通っていたんですが、そこも学校と寄宿舎が廊下で繋がっていたので、帰り道がありませんでした。長い間、余韻に浸る間もなく帰宅していたと考えると、ちょっと恐ろしいなと(笑)。
―― かさいさんはご自分で絵も描かれますが、『さくらちゃんのかえりみち』では吉田尚令さんが絵を担当されました。
『さくらちゃんのかえりみち』は、最初から絵を他の方にお任せするつもりで書きました。私が人間を描くと、なんだかイラストっぽくなってしまうので、人間が登場するお話はいつも他の画家さんに描いてもらうことにしているんです。吉田さんの、ちょっとレトロであたたかみのあるタッチが、このお話にとても合っていますよね。
絵本は絵が命で、画家さんが違えばまったく違う作品ができあがります。だから画家さんを見つけるのは大仕事だけれど、編集者にとっては絵本作りの醍醐味でもある。私は、絵を描きたい気持ちより、いい絵本を作りたいという気持ちの方が強いので、いつも編集者さんと一緒にワクワクドキドキしながら画家さんを選ばせてもらっています。
心の揺れを繊細に描く
―― 2月にはかさいさん作・絵の『ぼくとクッキーのなかなおり』(ひさかたチャイルド)が出版されました。2000年に出版された『ぼくとクッキー さよなら またね』の2匹のこぐまが、けんかをして仲直りするまでのお話です。
>かさいまりさん『ぼくとクッキー さよなら またね』インタビューはこちら
『ぼくとクッキー さよなら またね』では“初めての別れ”を描いたので、今回は“初めてのけんか”をテーマにしました。仲良しのクッキーとけんかしちゃったけど、明日遊ぶ約束してたよな。けんかしたら約束ってなくなっちゃうの?と悩んだり、約束の場所に向かうものの、いるかな、いないかなと不安になったり……そんな心の揺れを、細かく紐解いて描きました。
―― ラストには、「ごめんね」と言うだけではない仲直りの仕方がとてもかわいらしく描かれています。けんかをして気まずくなっても、少しずつ気持ちをほぐしていくことで、互いに間合いを計って仲直りする……子どもだけでなく、大人同士の友達や恋人、夫婦などにも置き換えられそうですね。
子どもが読んでも大人が読んでも共感できるものを、というのは、編集者さんといつも話していることです。
私はお話を考えるとき、自分の中で鍵となる言葉や文章が必ずあります。この絵本では「いっしょに いるのに、いっしょじゃ ない」がそれで、歌で言うとサビに当たる部分。その見開きにはぼくもクッキーもいなくて、美しい風景だけを描くことで、心の内を表現しました。
動物を主人公に心情を描く絵本は、私の絵本作りの原点です。“ぼく”の部屋は『さよなら またね』のときと同じように描いているので、子どもの頃に『さよなら またね』を読まれた方にも手にとってもらえたらうれしいですね。
―― 4月刊行の『どうぶつたくはいびん』では、聞かせ屋。けいたろうさんの文に絵をつけられました。宅配便の荷物の中にカンガルーの子どもが入ってしまって、山や海を越えて遠くの岩山へと運ばれたあと、また家まで運ばれて帰ってくる、というお話です。
作・絵も、作のみもよく手がけますが、絵だけというのは約20年ぶりでした。カンガルーにヤギ、クジラ、ワシと、描いたことのない生き物が次々と登場するし、海や空、岩場まで描かなければいけなかったので、なかなか大変だったんですが、絵を描き進めれば描き進めるほど、このお話が大好きになっていきました。
箱の中に入ってしまった子どもがお届け先まで行って、戻ってくるというシンプルなお話ですが、どんな荷物もいくつもの手を借りて大事に運ばれていくんですよね。そして、受け取った人が箱を開けて笑顔になる。そういうシンプルな喜びがすーっと伝わってくる絵本です。子どもにおなじみの歌も盛り込まれているので、読み聞かせで盛り上がると思いますよ。
―― 今年でデビュー30周年。今後はどんな絵本を作っていきたいですか。
子どもたちの置かれている状況は、2、30年前と比べると少しずつ違ってきているというか、何かが欠けてきているような気がします。特に、大人の都合で子どもが我慢せざるを得ないような状況がつらいなと感じていて。そんな中、絵本の作り手として何ができるかと考えると、寄り添える絵本を作っていくしかないなと。だから私はこれからも、いろんなエピソードを聞いて、種を集めていくつもりです。種さえ集めれば、そこには伝えたいことが必ずあるはず。これからも、たくさんの種を拾い集めて、私なりの発信の仕方を続けていこうと思います。