1. HOME
  2. 書評
  3. 「私のはなし 部落のはなし」 自省と対話止めず表現する姿勢 朝日新聞書評から

「私のはなし 部落のはなし」 自省と対話止めず表現する姿勢 朝日新聞書評から

評者: 藤野裕子 / 朝⽇新聞掲載:2023年04月29日
「私のはなし部落のはなし」の話 著者:満若勇咲 出版社:中央公論新社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784120056321
発売⽇: 2023/02/20
サイズ: 19cm/238p

「私のはなし 部落のはなし」 [著]満若勇咲

 2022年5月に公開された「私のはなし 部落のはなし」は、現代の部落差別を描いたドキュメンタリー映画だ。だが本書は、映画の焼き直しでも撮影の裏話でもない。監督である著者が自らの作品を見つめ直した、自省と対話の書である。
 話は、学生時代に制作した映画「にくのひと」(07年)にさかのぼる。縁を頼りに屠畜(とちく)作業に携わる職人に取材し、解体工程を撮影した。制作を通して、屠畜と密接に関わる部落問題を著者は初めて認識する。作品は話題となり、劇場公開が決まったが、直前で中止となった。内容に部落差別をめぐる問題があるとの指摘を受けて、出演者との関係が壊れたためだ。
 本書で著者はこの一連の出来事を綴(つづ)り、映画のどこが未熟で、取材や事前交渉がいかに甘く、対応の何が問題だったかを包み隠さず振り返る。関係者とのコミュニケーション。これが決定的に欠如していたという。
 一時は監督業から離れた著者だが、16年に再び部落問題を扱う作品を作ると決意した。それが「私のはなし 部落のはなし」である。この映画は多くの対話で構成される。被差別部落に住む当事者へのインタビュー。当事者同士の座談。差別意識を持つ人の話。歴史研究者による部落史の解説。差別する側とされる側、双方の言葉から、差別の実情と構造を浮かびあがらせる。かつて「にくのひと」を批判した人にも取材し、問題の所在を改めて尋ねている。この過程で、批判から背を向けず「訂正していきながら表現を続けていくこと」を学んだ。
 映画の完成後も対話は続く。公開後、著者が反差別の立場を明言していないことへの批判があがった。これに対し著者は、明確な敵をただ批判するだけでは、自らを省みる契機が失われると本書で応答する。それでは「差別を温存し続けたわれわれの眼差(まなざ)し」を描くことはできない。勉強不足の著者には部落問題を撮る資格はないという声もあった。資格を問えるのは誰なのか。著者は、被写体は撮る者の資格を問えるとした上で、しかしそのような物言いは関係性を切断してしまう点でやはり問題を含むと応じる。
 自らを省み続け、つながり続け、対話を続ける。本書に記された著者の軌跡は、このことを体得する過程だった。同時に、本書自体がその実践にほかならない。部落差別に対する著者の理解は未熟なのかもしれない。だとしても、私は同じ表現者として、またこの社会を構成する一人として、自省と対話を止めない著者の姿勢には受け止めるべき価値があると考える。
    ◇
みつわか・ゆうさく 1986年生まれ。映画監督。大学時代にドキュメンタリー映画「にくのひと」「父、好美の人生」を制作。作品に「ジェイクとシャリース~僕は歌姫だった~」など。ドキュメンタリー批評誌「f/22」編集長。