ISBN: 9784805112830
発売⽇: 2023/03/08
サイズ: 22cm/399p
「民主主義を装う権威主義」 [著]東島雅昌
民主主義とは競争的な選挙を行う政治体制を指す。この定義が政治学の世界で定着したのは、米ソ冷戦の時代だった。野党の参入の有無という基準には、ソ連を明確に独裁体制として分類できる利点があった。
だが、本書によれば、この定義で民主主義と独裁体制を区別できた時代は過去のものだ。米ソ冷戦が終結して30年、今日では独裁体制の8割が選挙を実施し、野党の参加を認めている。
こうした独裁体制は、暴力的な威嚇や選挙制度の操作によって、最初から与党が選挙で圧勝するように仕組む場合も多い。しかし、一部の独裁体制は、あからさまな選挙不正からは距離を取り、大衆的な支持基盤を固めることを重視する。
では、なぜ独裁者が選挙を操作しない場合があるのか。この謎を解くため、本書は「選挙のジレンマ」という視角を提示する。独裁者から見ると、選挙で圧勝すれば支配が安定する一方、そのために露骨な不正を行えば大衆の抵抗を招く。
このジレンマを解けるのは、石油などの天然資源に恵まれた国の独裁者だ。資源収入を利用して支持者に利益誘導を行えば、選挙を操作する必要性は下がる。この主張を、本書は世界約90カ国の統計分析と、カザフスタンとキルギスの比較によって検証する。
特に、選挙制度の分析は興味深い。一般的に、大政党に有利な小選挙区制は二大政党制を、小政党に有利な比例代表制は多党制を生むとされる。だが、これは与野党の勢力が伯仲する欧米諸国の傾向であり、与党が圧倒的に強い独裁体制では成り立たない。独裁者は小選挙区制を用いて野党を排除し、支持基盤が特に強い場合には比例代表制を用いて公平性を演出する。
つまり、民主主義国で広く用いられている制度は、非民主的な目的のためにも使われうるのだ。中央アジアに着想を得た本書は、欧米諸国の経験に囚(とら)われがちな政治の常識を問い直すことの意義を示している。
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ひがしじま・まさあき 1982年、沖縄生まれ。東京大准教授。専門は比較政治学や中央アジア政治など。