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「ラストサマー・バケーション」東洋トタンさんインタビュー ヤングケアラーの闇をサスペンス漫画に

ヤングケアラーをサスペンス漫画に落とし込んだ

『ラストサマー・バケーション(上)』©東洋トタン/KADOKAWA

――『ラストサマー・バケーション』は、衝撃的な事件を機にふたりの少女の距離が近づいていくサスペンス漫画で、今、社会問題になっているヤングケアラーの問題も取り上げていますね。

 ヤングケアラーは家族の世話をしなければならない未成年の少年少女のことで、担当編集さんとの打ち合わせのときに出てきた言葉でした。当時の私はヤングケアラーについて詳しくなかったので、ドキュメンタリーの映像を見たり参考書籍をたくさん読んだりして、理解を深めました。

 そんななか、「ヤングケアラーを自分の作風に落とし込むとしたらどんな物語になるのだろう?」と考え始めるようになりました。

――自身の作風はどのようなものだと思っていますか?

 女性同士の関係性を描きつつ残酷さも感じられる……それが今の私の作風だと思っています。

 ずっと憧れているのは松本大洋さんや魚喃キリコさんで、漫画のタッチは押見修造さんの『血の轍』から影響を受けていますね。主人公の心情によって見える相手の姿が変化する場面に表れています。

――残酷な出来事を起こした、いつもキラキラしている少女・美月と、その現場を見た、クラスで孤立している同級生の海野が、恋愛とも友情とも名付けられない関係でつながるところも見どころですね。

 7月8日発売予定の下巻では、いま発売中の上巻で起きたことの真相や登場人物の知られざる背景が明らかになっていきます。そこで関係性の変化を感じる方もいるかもしれないですね。

 今の時点では「ふたりの関係は女性の連帯を示すシスターフッドですね」と言われることがあります。作者としては、ロマンシス(ロマンスとシスターフッドを組み合わせた言葉)とレズビアンのあいだにあるのかなと考えているのですが、海野個人が美月に抱いているのは恋愛感情に近いのかもしれない。そのあたりをどう感じるかは読者さんにゆだねています。

漫画を描き始めたのは小学校に上がる前

――漫画を描き始めたのはいつからですか?

 幼稚園に通っていた時ですね。A4の紙を折り曲げて漫画を描いて、本のようなものを作ろうとしていた記憶があります。ずっと遊びの感覚だったのですが、高校生の時に出版社に漫画の持ち込みをしてアドバイスをもらい、漫画家になるためにがんばろうと決意しました。

『ラストサマー・バケーション(上)』©東洋トタン/KADOKAWA

――高校はデザイン科だったとか。

 はい。ファッションとか広告とか、いろいろな分野でデザインをしたい生徒が集まっているなか、私が目指していたのはずっと漫画家で、ぶれることがなかったですね。

 20代になってからもどんどんと出版社に持ち込みをして、漫画編集の方から意見や改善点を聞きながら漫画制作に本格的に取り組みました。編集さんから漫画家さんを紹介してもらってアシスタントをしたり、インターネットにも漫画をアップしたりするなかで、漫画のポートフォリオのようなものがあれば持ち込みの時に便利だなと思って2冊ほど漫画同人誌を出しました。

 コミティア(オリジナル作品のみの大規模な同人誌即売会)に出店したのも持ち込みができる出張編集部があったから。漫画家になりたい気持ちはとても強いものでした。

――実際にデビューしたきっかけは何ですか?

 KADOKAWAの漫画雑誌『COMIC BRIDGE」の賞に応募したとき、今の担当編集さんから「いろいろな漫画家さんが参加する『恋愛』をテーマにしたショートコミックのアンソロジーに参加してみませんか?」と誘っていただいたことです。

 16ページの漫画を描いて参加した『あーー別れてよかった!!! 恋愛ショートアンソロジーコミック』でデビュー、続いて『いらない男を捨てました 恋愛ショートアンソロジーコミック』にも参加しました。

「えっ!いいの⁉️」突然きた初連載の依頼

――アンソロジー発売の1年後(2023年3月)、『ラストサマー・バケーション』上巻が発売されました。漫画連載は初めてでしたか?

 はい、初連載です。担当編集さんから声をかけていただいて「ええっ!いいの⁉️」とすごく驚きましたね。自分の漫画だけで単行本が出せるのはもっと先だと思っていたんです。

――アンソロジーの漫画が大好評だったのですね。設定や内容を決めるまでどのような道のりがありましたか?

 まずは担当編集さんと企画の打ち合わせをしました。先ほど言ったようにそこで「ヤングケアラーを自身の作風に落とし込もう」と決意して、構想を練りました。

 そこでふと思ったのが「ヤングケアラーの女の子が、介護している母親にとんでもないお願いをされた時、それに従ってしまうのでは?」という考えだったんです。

――それがサスペンスにつながっていくのですね。上巻を読みながら、あらすじだけではなく漫画の描写にも目を奪われました。

 漫画の演出は、今まで私が目で見てきたものすべてから培われたように思います。漫画、映画、アイドルのPV、前を歩くはしゃいでいる中学生……日常生活で目にするものすべてが視覚情報となり、上巻で特に力を入れた演出に生かすことができました。 

 読者さんから評判が良い、笑っているのに笑っていない美月の表情も演出のひとつですね。もちろんこういった表情を作るのは努力も必要で、今も毎日、演出が素晴らしいと感じた漫画を模写したり、映画のワンシーンのセリフのやりとりを書き出して分析したりしています。

『ラストサマー・バケーション(上)』©東洋トタン/KADOKAWA

展開や漫画ならではのシーンを楽しんでほしい

――毎日ですか!? 漫画家としてのストイックさを感じます。

 それでも難しいと感じることの連続ですね。この場面はどの段階で出したら面白いのかとか……例を挙げるとしたら海野の生い立ちです。読者さんは最初から美月のことはヤングケアラーだとわかっているけれど、海野の背景は知らない。どの段階で出せばふたりの関係性に説得力を持たせられるのか悩んだ結果、上巻のあるくだりで出しました。

――読みながらベストなタイミングだなとうなりました。描きながら楽しい、嬉しいと感じるのはどんな時ですか?

 楽しいのは漫画ならではの表現ができた時です。上巻なら海野が美月に問い詰められて恐怖に震えるシーン。小説や映画なら異なる描写になると思います。

『ラストサマー・バケーション(上)』©東洋トタン/KADOKAWA

 嬉しいのは読者さんからの感想ですね。すべてありがたく読んでいます。一方でセンシティブな内容なので読んで傷つく人がいないようにと思っていたのですが、あるとき「私の親も病気なので美月に感情移入しました」と言っていただき、美月と似た境遇の方も楽しんで読んでくださっていると知って胸をなでおろしました。 

――最後に、この記事を読んでいる方にメッセージをお願いします。

 いま(2023年4月末)、ちょうど最終話を描いているところです。はじめに言ったように下巻は真相がどんどん暴かれていって、それによって登場人物の感情が変化するので、楽しみにしていてください。