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遠くに伝わること 柴崎友香

 拙著『寝ても覚めても』のベトナム語版が届いた。自分の小説の外国語版が届くと、まず本のデザインが多様で個性的なことに驚く。ベトナム版は、ブルーを基調にした夜景のイラストが全面に使われていて、幻想的な雰囲気が素敵だ。梅田スカイビルや淀川など大阪の街をちゃんと描いてくれていて感動した。

 『寝ても覚めても』は先日イタリア語版も刊行され、こちらは若い女性と男性の顔の半分とその間にサボテンが置かれた、ユーモアのあるデザインだった。「寝ても覚めても」と日本語の文字も入っている。ヨーロッパ系の言語版では、日本語の文字もデザインに入れてあることが多い。それが入っていることで「日本文学」のイメージが伝わるようにしているのだろうと思う。

 中国の書店で日本の本を見たとき、ひらがなが表紙にデザインされているものが目立った。漢字文化の中国では、日本語の中でひらがなが日本的なイメージなのかな、と興味深かった。日本語を普段使っている私から見ると、難しい内容の本でもひらがなでちょっとかわいらしく見えるのが新鮮だった。

 これまでに私の小説の翻訳は十二言語が出版されている。翻訳されて遠くの読者に届くのはほんとうにうれしいし、わくわくする経験だ。翻訳された内容が合っているか確認するのか聞かれることがあるけれど、一応は読める英語も細かいことはわからないし、中国語は漢字でなんとなく意味が推測できるくらい。他の言語だと文中にある登場人物の名前しかわからない。

 だけど本が届いてそれぞれ工夫されたデザインを見ると、こんなふうに読んでくれたんだなとよくわかる。翻訳もだが私の書いたことはどう伝わるのだろうと想像していると、届いた本の表紙で「こんなに深いところまで伝わってる!」と感激することが何度もあった。言葉も文化も違っても、伝わることがあり、伝えようとしてくれる人たちがいることは、無上の喜びだ。=朝日新聞2023年5月31日掲載