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兄弟2人きりの壮絶な苦闘描く「深い穴に落ちてしまった」 藤井光が薦める新刊文庫3点

藤井光が薦める文庫この新刊!

  1. 『深い穴に落ちてしまった』 イバン・レピラ著 白川貴子訳 創元推理文庫 770円
  2. 『星に仄(ほの)めかされて』 多和田葉子著 講談社文庫 858円
  3. 『マッカラーズ短篇集』 カーソン・マッカラーズ著 ハーン小路恭子編訳/西田実訳 ちくま文庫 1100円

 人と孤独をめぐる3冊。(1)は主人公である兄弟が深い穴に落ちてしまって外に出られないという状況を、一日一日と見守りながら読み進めることになる。誰も助けには来ず、兄弟はとにかく穴で暮らして生き延びるほかない。2人きりでの壮絶な苦闘が続くうちに、兄弟の身体も、言語も、そして意識も壊れかけていく。寓話(ぐうわ)的でありながら、どこまでもリアルな物語は緊迫感を緩めることなく疾走する。

 人と言語との関わりを探求してきた作者による(2)は、複数の言語の間を自在に行き来しつつ、デンマークの病院に集まってくる人々の姿を描き出す。日本が消滅した、あるいは人同士が人格を交換するといった奇抜な設定を織り込んだ群像劇は、独特のリズムとユーモア感覚を失わない。そこから、人同士を孤立させると同時につなぎもする、言葉によるコミュニケーションの不可思議さが浮かび上がる。

 孤独な人々への眼差(まなざ)しという点では(3)も外せない。米南部の侘(わび)しい町で、人との交流をはねつけてきた女性が、ふとした人との出会いから愛を見出(みいだ)して酒場を開く顛末(てんまつ)を描く物語を筆頭に、人と人との触れ合いとその儚(はかな)さという主題が変奏されていく。人は時間とともに変わっていき、愛はやがて対象を失ってしまう。それが人生の真実なのだとしても、やはり人は誰かを愛してしまうのだ。その必然として人が抱える孤独を見つめる物語の数々には、切なさと同時に優しさが宿っている。=朝日新聞2023年6月10日掲載