最終的に色を塗るのは聞いてくれる人
――まずは「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読んだ感想を教えてください。
村上さんらしい世界観が、割と日常に根づいている作品だなと思いました。一人の青年のトラウマや、昔の思い出に関する謎があって、それを解き明かしていく中でのリアリティーがあるんですよね。表現も本当に独特で、きっと、もっと直接的な言い方はたくさんあると思うんですけど「こういう素敵な言い回しがあるんだな」と思うところがいくつもありました。
あとは、会話でどんどん進んでいくストーリーなので読みやすかったです。日常の些細な出来事が、本人にとっては意外と大きいことなんですよね。昔の嫌な思い出というのはきっと大人になれば誰もがいくつかあるものだし、嫌なことに蓋をしているところもまだあるんじゃないかなと思ったりして、いろいろなことを気づかせてもらった作品でした。
――朗読する上で、意識したことはありますか?
ナレーションとは違って映像がない分、「声」という音だけの情報でどこまで伝わるのかなというところがすごく難しかったです。人間ってどうしても視覚から得る情報を大事にするから、そこのウエイトが大きいと思うんですよ。今回のように不特定多数の人に聞いてもらうことを考えると、抑揚をつけすぎると僕の主観が入ってしまうし、そこで自分の読み方を出してしまうとどんどん世界観が狭まっていくんじゃないかなと思ったんです。なので、そうならないようにということを一番意識しました。
――私は原作を読みながら向井さんの朗読を聞いてみたのですが、原作で読点が打っていないところでも、半拍ぐらいあけて読まれていましたよね。そういうちょっとした違いを見つけるのもおもしろかったです。
きっとそういうところに僕のクセがちょっと出てしまっているのかなと思います。やっぱり目で読む方が早いので、声という音で聞いてもらうには、なるべくゆっくりと、ちゃんと理解してもらえるように、1文字1文字をちゃんと発声するというところに重きを置いたので、なかなかの労力がいりました。
――向井さんから見た、村上さんの作品の特徴はどういったところでしょう?
その世界観が登場人物の日常の中で一気にバッと広がるところがあるなと思います。そのほかの特徴的なところでいうと、エロティシズムは必ずあって、絶対に外せないところだなと思うので、そういうシーンを読む時は生々しくなりすぎないようにしました。さらっと読むことで、逆に聞いている方に想像してもらう方が絶対いいだろうなと思っていたし、性描写をあまり意識しすぎないように、全体を通して波を立てすぎないようにしたつもりです。
――俳優としてドラマや映画に出演される時と、今回のような朗読では表現の仕方に違いはありましたか?
僕らの仕事は基本的に映像ありきでやっているので、舞台や映画、ドラマでも目で見る情報があるじゃないですか。今回はまずそれがないというのがすごく不思議でした。なので、あまり演じ分けすぎるのも違うなと思い、そこまで極端にキャラクターを振ってはいないんです。男性と女性の違いはあるので、今どっちが話しているかは分かるようにしましたけど、最終的に色を塗るのは聞いてくれる人だと思っています。なので、「どういう人」かはなるべく真っ白な状態にしようという点は意識したところですね。
知ることは楽しい。だから調べる
――以前「華麗なる一族」で取材させていただいた時、桐野夏生さんや東野圭吾さん、村上龍さんなどおすすめの作家さんを教えていただきましたが、最近はどんな本を読みましたか?
最近は仕事の台本を読むので精いっぱいで、全然本を読めていないんですよ。なので、今回久しぶりにちゃんと小説と向き合った気がします。元々小説を読むのはすごく好きで、今回のような生々しいものやSFものも読みます。
――では、学生時代にハマっていた作品や作家さんは?
宗田理さんの『ぼくらの七日間戦争』は記憶に残っています。元々映画を見ていたのですが、宗田さんと名前がたまたま一緒ということもあって小説も読みました。ああいった冒険物語みたいなのも好きだったので、そこからいろいろな方の小説を読むようになりました。小学校の頃は伝記ばかり読んでいましたね。織田信長や豊臣秀吉、キュリー夫人、ファーブルやシートンとか。
――伝記っておもしろいですよね。私も子どものころ夢中になって読んでいました。
おもしろいですね。その人の実体験みたいなものが、ある意味ドキュメンタリーというか。実話なので小説とはまた違うリアリティーがあって、より刺さるものがあったなと思います。
――以前のインタビューで「『麒麟がくる』で向井さんが演じた足利義輝が大好きです」とお伝えした時も、歴史のことについてたくさんお話してくださいましたが、そういった歴史の知識や興味関心は、幼いころに伝記を読まれた経験も関係しているのでしょうか。
入り口はそうですが、やっぱり仕事をする上ですごく調べます。「これはどういう意味なんだろうな?」と思うセリフがあったら、いただいた資料や自分で調べることはどの作品でもやっていることです。
知らないことを知るのってすごく楽しいんですよね。例えば、足利義輝を演じるとなったら、その人がどういう人生を生きたのか、「実はこういう人だったんだ」と知るのはおもしろかったです。もちろん、多少の脚色もありますけど、調べることはそんなに苦じゃないです。
――今日は私の本棚からご著書2冊を持ってきました。「向井理、ビストロ修行 ハングリー!な簡単レシピ53」(マガジンハウス)は、向井さんがシェフ役を演じたドラマに登場する料理のレシピの数々が掲載しています。
うわぁ、どちらも懐かしいな。最近は料理本をよく読んでいるんです。元々家で作ることもありましたが、コロナ禍になってからは家にいる時間が増えたので、料理をする機会が増えました。
――「食」に一過言お持ちの向井さんですが、おすすめの食べもの小説があれば教えてください。
食べもの系で言うと、西加奈子さんの作品は結構食事シーンが多いですよね。「さくら」や「あおい」も読んで大好きな作家さんの一人なのですが、以前、西さん原作の「きいろいゾウ」という映画に出させていただき、まさか無辜(むこ)役をやるとは思っていなかったのでとても驚きました。その作品でも食べるシーンが多くて、監督の廣木(隆一)さんも食事のシーンにこだわりのある方だったのですが、僕は表現方法のひとつとして「食べる」ということはすごくいいなと思っています。
――食事のシーンが一番難しいと言う俳優さんもいらっしゃいますよね。
食べるシーンって、しっかりお芝居しないと素が出てしまうんですよ。なので、ちゃんとそのキャラクターを踏襲した上で食べないと思いっきり外れてしまうから、演じる方としては怖いところでもあるけど、逆にハマったら「あ、こういう人なんだろうな」というものがそこで出るので、すごく挑戦しがいがあります。
――最近では、舞台「ハリー・ポッターと呪いの子」などファンタジー作品へのご出演も続いていますね。物語のおもしろさを改めてどんなところに感じていらっしゃいますか?
例えば「ハリー・ポッター」だったら、いろいろなイリュージョンがあって、それで驚かせるのもひとつのエンターテインメントですけど、「entertain」=(楽しませる、人の心を動かす)という意味では、泣くでも笑うでも、ある時は怒りでもなんでもいいのですが、その「何かを動かしたいな」というは演じていていつも思うことです。
そのためには必死にやらないといけないですし、ちょっとでもこちらに迷いや照れみたいなものがあるとすぐ嘘になってしまうので、誰よりもそういうことを信じていかないといけないと思っています。作品にもよりますが、僕からみなさんに「こういう風に感じてもらいたい」と思っていることはあまりないんです。今回の朗読もそうですが、僕らがやったものを受け取った方々が「感動した」や「いろいろなことに気づいた」でも、本当に些細なことでもいいので、その人の中にある「何か」を動かせたらいいなと思っています。