「100年の歴史」だからなのか
――岡さんは、日本のメディアでは「本質的な報道が全然なされていない」というお話をされています。100年を超える長い長い経緯があって、それが解決しないうちに、どんどん新しい既成事実が積み重なってきている。どうしてもメディアはそういったことを伝えることが非常に弱いのは否めないと思います。
この本の中で、「それは日本の歴史の問題日本に生きる私たちの問題でもある」とおっしゃっていました。どうしてもパレスチナの問題となると、すごく遠いところのような気がして、関心が遠のいてしまうというのは、おそらく日本に住んでこの報道に接している人であれば誰しも思うことではないかと思うんですが、改めて、これは自分たちの問題でもあるんだということをお話いただけないでしょうか。
岡 でも100年を超えるから、パレスチナの問題は伝えることが非常に難しいというのは、日本の近現代の歴史そのものを、100年以上の問題だから伝えることが弱いと言っているのと同じことです。今の発言は看過できないものだと思います。
まさにそこなんですよ。日本の近現代史ですね。この百数十年の歴史認識の問題をしっかりやっていないから、結局パレスチナのことが何かこう、自分たちとは無縁の旧約聖書の時代に遡るような形でしか理解されない。私はたかだか百数十年だろうって思うんですが、去年、関東大震災における朝鮮人の虐殺からちょうど100年でした。でもその問題って今につながっているわけですよね。そうしたヘイトであるとか差別というものが集団虐殺に至り、最終的にはジェノサイドになるわけだから。
100年前の日本でなぜ関東大震災で朝鮮人が集団虐殺にあっているか、1919年の三・一独立運動で独立を叫んだことで「不逞鮮人」とみなされたわけですよね。まさにこれ、なぜハマースがテロリストとみなされるか? イスラエルによる支配占領、それをファタハの自治政府というかPLO(パレスチナ解放機構)は受け入れた。でも、あくまでも自分たちの主権を持ったパレスチナの国家をあきらめない、つまり「不逞パレスチナ人」である。だから同じように今、虐殺されている。
パレスチナのことをちゃんと歴史にのっとって理解できない。それはなぜかといえば、日本の近現代の歴史的なものを私たち自身が、しっかりと認識していないからだと思います。10月7日のハマースによる越境奇襲攻撃というのは戦争犯罪もあったけれども、台湾における霧社事件、あるいは満州抗日ゲリラによる撫順炭鉱襲撃事件とか、自分たちの歴史の中であるわけで。そうした襲撃に見舞われた時に、植民地主義国家が何をやるかって言ったら、もう戦滅ですよね。それと同じことが起きている。
だからそこをつなげて報道するという発想、それ自体が存在していない。メディアだけではなく、やっぱり日本の歴史学者であるとか、哲学の問題でもありますよね。
身近なこととしてとらえる努力を
――一見遠く離れた問題を身近なこととして考えることに、永井さんも対話イベントなどで非常に腐心しているのではないかと思いますが、「ガザは遠いから」といった話になるときに、どう自分ごととして、自分たちに引きつけるような対話の糸口を見つけて行ってますか?
永井 まさに植民地支配を経験している日本が、過去の被害にも加害にも向き合えていない。今を生きる私たちは、未来に対する責任を持っていて、目の前に起きていることを繰り返させないということが必要だと思うんです。
そうなったときに気づくのは「自分ごととして手繰り寄せる」っていう言い方よりも、むしろすべてつながっているんだということを発見していくって言ったほうが、私は適切かなと思っていて。で、またそこに愕然とするわけですよね。こんなことがつながっていたんだ、私たちは知らなかったんだって。でもそれをともに発見していく、一緒に歩んでいくことが大事だとは思います。
とはいえ対話の場も、きちんと知るということが前提にないといけないことなので、私がすごくこだわるのは、「まずはその言葉の前に立ってみる」っていうことなんですよね。例えば今回だったら「虐殺」っていう言葉の前に立ってみる。虐殺ってどういう体験なのかを、自分の言葉でまず語ってみる。
私は「せんそうってプロジェクト」という、広い意味での戦争について言葉を探していく対話の場を全国で開いているんですけども、まずは言葉の前に立ってみると、自分の言葉の乏しさに気づくんですよね。自分は言葉を持っていない、わからない、知らないんだって。でも、ようやくそこから始まると思っていて。私たちは「まあ、どっちもどっちだよね」とか、「なんかよくわかんないよね」という言葉を、なんとなくポンと置いてしまうけれども、まずは失うとか知らないとか、そういったことに身を浸してみるところから始めるのは、気にかけていることです。
本当に目を背けたくなるような、悲惨なニュースが次々と出てくる中で、ともすれば遠いところだから、やはり関心の外に置いておきたいという意識がどうしても働いてしまう人も多いでしょう。私もその一人かもしれませんが、それでもやはりこの問題を身近なこととして、自分とは関係のない話じゃないんだってとらえる努力を、日々続けていく。そして自分たちに何ができるかを考えていくことも、今やらなければいけないことだなと思います。
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