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「動物がくれる力」書評 過酷な状況で出会う新しい自己

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2023年06月17日
動物がくれる力 教育、福祉、そして人生 (岩波新書 新赤版) 著者:大塚 敦子 出版社:岩波書店 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784004319702
発売⽇: 2023/04/24
サイズ: 18cm/267,7p

「動物がくれる力」 [著]大塚敦子

 動物は私たちに深い安らぎを与えてくれる。だが、本書の「動物がくれる力」は、さらにその先にある。平常時よりもむしろ、人生を左右するような困難に直面したとき、真価が発揮されるというのだから。逆ではないか、と感じるかもしれない。心穏やかな暮らしがあるからこそ、愛玩動物としてのペットたちも生きてくるのではないのか、と。
 ところが著者は国内外、30年にわたって取材を続け、この力を目の当たりにしてきた。しかも、その場所は小児病棟や高齢者施設、少年院や刑務所といった、社会のなかでも病や死、償いや更生といった負の性質を帯びた社会の「辺境」だった。そうした過酷な状況のなかで、当事者たちは保護犬をはじめとする今ある社会の負を背負った動物たちと出会い、その関係のなかで新しい自己を発見し、たがいに根源から癒やされていく。
 犬や猫だけではない。この力は「ペット」というより「家畜」と呼ばれてきた動物たち――人との繫(つな)がりではかつて犬と同等か、それ以上に身近で欠かせなかった馬の事例にはとりわけ目を見張る――にも備わっている。それどころか、哺乳類以外の亀や蝶(チョウ)にも宿っている。共通するのは、言語を交わさないコミュニケーションだろう。動物たちはものを言わない。それでもなお、というよりも、だからこそ、紡ぐことができる、種を超えた交感と治癒の力が確かに存在するのだ。
 これは、ペットとともにある暮らしの効用といった範疇(はんちゅう)を大きく超えている。さらには、地球環境が様々な意味で危機に瀕(ひん)しつつあるいま、わたしたちは人類と自然との関係を、動物との繫がりを再編することで、もっと具体的に見直すことができるかもしれない。その起点となるのがSDGsのような「標語」ではなく、言葉を持たない動物たちとのあいだに生まれる、小さいが新しい挙動にあることに真実味を感じる。
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おおつか・あつこ 1960年生まれ。著書に『犬が来る病院』『さよなら エルマおばあさん』など。