ひとり暮らしの老後を生き生きとした東北弁でつづった小説「おらおらでひとりいぐも」で旋風を巻き起こした作家の若竹千佐子さんが、6年ぶりの新刊「かっかどるどるどぅ」(河出書房新社)を出した。キャッチコピーは〈「ひとりで生きる」から「みんなで生きる」へ〉。作家としての歩みを確かめながら、一歩を踏み出す群像劇だ。
作家を夢みて小説講座に通い、新人賞を受けてデビューしたのが63歳のときだった。この作品で芥川賞を受賞し、ベストセラーに。映画化され、翻訳もされて、ドイツの文学賞を受賞した。シンデレラストーリーを地で行く展開に、「何の脚光も浴びることなく平凡に生きてきて。ほんとにね、夢なら覚めないで、ですよ」と笑う。
一方で、「子どもの頃から小説家になりたかったのに、なった途端に自分を出し尽くしたような満足感があって」とも。「これからだというのに、何を書くべきかみたいなことで悩んだ時期もあった」と言う。
第2作を書きあぐねるなか転機となったのが、リハビリ専門病院への入院だった。脊髄(せきずい)の中に腫瘍(しゅよう)ができ、良性ではあったものの下半身が動かなくなった。いまは回復したが、手術の前後で100日ほど入院生活を送った。
「このまま寝たきりになるのかな、なんて思って絶望もした。実際に自分がケアされる身になって、どんなに心強かったか」。その体験が、かねて考えていた「次は社会に目を向けたものを書きたい」という思いと結びついて生まれたのが本作だったという。
物語の主な視点人物となるのは、境遇がまちまちの4人。女優になる夢を持ちながらつましく暮らしてきた60代後半の女性、彼女と同世代だが早くに夫を亡くし、舅姑(しゅうとしゅうとめ)の介護に明け暮れていた女性。非正規の職を転々とする氷河期世代の女性と、不器用に生きてきた20代の男性。彼女たちはそれぞれに、古いアパートの一室で食事をふるまう不思議な女性と出会うことで人生を見つめ直していく。
アパートに集い、ちゃぶ台を囲んでいるうちに、彼女たちの会話はロシアとウクライナとの戦争にまで及ぶ。直接的な政治批判を小説に盛り込むことには迷いもあったが、「でもほんとに黙ってたら、戦争反対というのを声をひそめて言わなくちゃいけない時代が、また来るような気もするの。それは怖いですよ、ほんとに」と話す。
「私たちの側も悪い。なんにも批判しないで、流されるまま言いなりになっているような世の中で」。その思いは、作家として立つ自身の決意にもつながっている。「何も言わないのはむしろ無責任だと思って。次の世代のためにもね」
いま69歳。還暦を過ぎてのデビューに「遅い遅い出発ですよ」と笑いつつ、しかし「私は20代とか30代では世に出られなかったでしょう」と静かに語った。
「私は人間て成長し続けるものだと思いますよ。もちろん衰えることもあるけれど、年を経るにしたがってわかることも多くなる。老いることはわかること。老いってやっぱり、すばらしいと思います」(山崎聡)=朝日新聞2023年7月5日掲載