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「消えちゃいたいと思ったことも」38歳独身の眠れない夜――。ながしまひろみさん「わたしの夢が覚めるまで」インタビュー

『わたしの夢が覚めるまで』(KADOKAWA)

コロナ禍の不安、さみしさ

――本書は38歳の「その」が不眠症になり、浅い眠りのなかで見た夢を振り返るという物語。夢をモチーフにしたのはなぜですか。

 もともとは子どもを主人公にした明るいお話にするつもりだったのですが、ちょうどコロナ禍になり、気軽に外出できなくなり、この先どうなるんだろうと考えているうちに、眠れなくなって……。当時、私はそのと同じ38歳だったのですが、まわりの同年代もパートナーや家族がいる・いない問わず辛そうにしていて。今のこの年代の抱えているものを等身大で描いてみようと思いました。

 その頃見た夢で印象的なものがあって。外出自粛で会えなくなった人と入れ歯を外してファーストフードを食べるという夢なんです。腹を割って話したいと思っていたひとと会えて、親しげに話せて、わーよかったな! と思って起きたら夢で……。さみしい夢ですよね(笑)。少しアレンジして漫画にも登場させました。

――この作品の連載は2022年2月スタートでまだまだコロナが隆盛だった頃でしたね。

 町で目にしていたお店が閉店したり、そのうちに戦争まで起きて、なんとなくの不安が私だけじゃなく世の中全体に織り込まれていったような気がします。そこから火がついて、このままひとり働いていても、東京じゃ家を買うのは無理だなとか、どんどん不安が大きくなっていって。
 現実が辛かったので、漫画ではコロナ禍という設定にはせず、みんな普通に集ってマスクなしで喋っているようにしました。町中みんながマスクしているシーンを登場させたのは、そのの夢の中だけです。

取捨選択を迫られる年齢に向き合う

――自分の誕生日を「年々ふつうの日になっていく」と感じたり、重い生理痛を「もう必要ないのに」とぼやいたり、38歳のリアルが綴られます。ながしまさんご自身はこの「38歳」は女性にとってどういう年齢だと感じていますか。

 結婚するかどうか、子どもを産むかどうか、いろいろ決めなきゃいけない時期ですよね。女性だと妊娠のタイムリミットもあって、悩まざるを得ない。仕事や親のこともそうです。私のまわりでも仕事の転機を迎えて地方に移住したり、実家にUターンする人が結構いました。人生の岐路となる年代だと思います。

――そのの夢には、叔母・さきちゃんが幾度も登場します。自立していて、ユーモアがある憧れの女性。だれかモデルがいるのでしょうか。

 影響を受けた人はたくさんいますが、特定のモデルはいません。さきちゃんは、そのの分身として描きました。夢の中でさきちゃんと対話することで、そのが考えを深めていけたらと思って。

――そのの周りは親友「とも」や会社の後輩の男の子など、独身が多いですが、その中で既婚者であるそのの母親が「誰かと一緒にいるひとりぼっちも辛いもんだよ」とつぶやくシーンが印象的でした。

 既婚の友達と話していたとき、私がこの漫画を描いているのも彼女は知っていて、「仕事はうまくいってるし、いいじゃない。ひとりでこれから不安だ、さみしいって言ったって、こっちのほうが大変なんだよ」と言われて、そりゃそうだなと思ったんです。育児で仕事が制限されたり、社会から取り残された気になる人もいるだろうし、いろんな立場から、さみしさを描きたいと思いました。

迷った末に描いた「自死」

――この作品では自死が描かれます。コロナ禍で、現実世界でもなぜあの人が……というような自死のニュースが相次ぎました。

 じつは眠れなくなったとき、あれこれ考えすぎてほんとにしんどくて、消えちゃいたいと思ったことがありました。そのとさきちゃんを自分の分身として描き、この不安の先を見つけてほしいと、そんな動機から入った物語だったんです。漫画をダ・ヴィンチWebで連載している途中で、芸能人の方のニュースなども飛び込んできて、編集さんから自死を描くのはやめた方がいいのでは、という意見もいただいたのですが、やっぱり自分としては最初の動機があったから。死なないためにはどう生きていけばいいのかを、そのと一緒に考える話にしたかった。それで、描くことに決めたんです。

 最初は編集さんからの話もあり自死の理由もちゃんと描かないとだめなんじゃないかと思って。でも、「この人はなぜ死んだのか」を考えていると、どんどん自分が疲弊していきました。メンタルクリニックの先生に取材した時に、「亡くなった気持ちは本人にしかわからないから、あんまり思い詰めちゃダメ」とアドバイスをいただいて、やっとわからないままでいいんだと思えて、具体的なことは描かないことにしました」。

――遺された側の悲しみや寂しさ、怒り、後悔なども描かれます。

 じつは私の周りに、自死を選んだ人、遺された人の両方がいます。
 自死を選んだ人は、朗らかな人だった記憶しかなくて、本当に理由がわからないんです。それでも遺された人はあれこれ理由を考えて、何かしていれば変わったんじゃないかと自分を責めてしまう。その重荷を背負ってほしくないなと思いながら物語を進めていきました。
 その一つが、ある人物のセリフ「最後にちょっと間違えただけで全部ダメになっちゃうなんてやりきれないと思わない?」です。死んだら全部終わりなんですけど、それでも、終わりじゃないところもあるよねって。遺された人が、死んだ人を大切に思いながら生きていてもいいよねっていう思いを込めました。

一人でも“独り”にならずに生きられる

――この漫画を描くことで、ながしまさんが38歳で抱えた不安に、答えは見つかりましたか。

 細かいところは今もまだ不安だらけなんですが、そのやさきちゃんを描くうちに、ひとりでもひとりでなくとも、誰かと関わり合いながら生きていくことがやっぱり大切なんだと感じました。べつにそれが恋愛や結婚じゃなくてもいいと思うんです。友達でも、社会の中の誰かでもいい。話したり、笑ったり、その人のために行動したり、ときには頼ったり。
 これは大好きな映画「永い言い訳」(西川美和監督/アスミック・エース)の受け売りなんですけど、「人生は他者だ」っていうセリフがあって。自分のことを知るには自分だけでは足りなくて、他者がいて初めて成り立つのかなと思います。自分のことだけをずっと考えて生きていくのはしんどいですもんね。

――不安の先の光が見えた今、次に描く作品はどんなものになりそうですか。

 これまでの作品すべてに言えることですが、しんどい思いをしている人が少しでも「またがんばろう」と思えるような作品を描いていきたい。コロナもようやく落ち着いてきて、私も最近は眠れるようになり、少し元気が出てきました。次はまた、子どもが主人公の明るい話を描きたいと思います。子どもの世界の感じ方、見え方って素晴らしい。人生は思い悩むことも多いけれど、いろんな方向から光を探していきたいです。