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「From Tokyo」書評 日常の細部に宿るコロナの記憶

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2023年07月15日
From Tokyo わたしの#stayhome日記2022−2023 著者:今日 マチ子 出版社:rn press ジャンル:コミックエッセイ

ISBN: 9784910422145
発売⽇: 2023/05/18
サイズ: 19cm/1冊(ページ付なし)

「From Tokyo」 [著]今日マチ子

 作者による「わたしの#stayhome日記」が完結した。最初が『Distance(ディスタンス)』、次に『Essential(エッセンシャル)』、今回が『From Tokyo』で、作者がSNSに投稿した絵日記を1年ごとに再編集したものだ。
 期間は新型コロナが日本で深刻化した最初の春から、ようやく日常が戻ってきた今春に及んでいる。今回だけタイトルの毛色が違うのは、当初は作者も想像していなかった海外からの反応が増えて、たがいに閉ざされた居場所からの遠隔通信に近い役割を果たすようになったからだ。
 貫かれているのは、パンデミックという人類の一大事とはかけ離れた日常を淡々と描いていることだ。それらは報道されることもなく、とりたてて論じられることもない。だが、コロナ禍では日々を暮らすうえで「エッセンシャル(必要不可欠)」な営みに光が当てられる一方、個人による表現は「非エッセンシャル」であるかに扱われた。そのことに苦しめられた作者は、あえて「エッセンシャルではない風景を取り上げることにした」のだ。
 とはいえ、コロナ禍でわたしたちの暮らしにもっとも大きな変化があったのが「日常」なら、この3年間に固有の出来事は、日々の細部にこそ宿っていたはずだ。大規模な破壊を伴う戦争や震災との大きな違いだ。としたら、今回のパンデミックもすぐに忘れられてしまう恐れがある。およそ百年前、第1次世界大戦の渦中で始まり多大な犠牲者を出した恐るべきパンデミック「スペイン風邪」がそうであったように。
 ちなみに、三冊の頭文字を並べると「D」「E」「F」とアルファベット順となり、「G」の存在が暗示される。すると、冒頭で完結とつい書いたが、まだ早いのかもしれない。もしも「続編」が訪れたとき、わたしたちはいったいどのような「新しい日常」と直面しているのだろう。
    ◇
きょう・まちこ 漫画家。作品に『みかこさん』『アノネ、』『いちご戦争』など。2014年に手塚治虫文化賞新生賞。