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「帝国図書館」書評 熱意を持つ人の尽力の歴史追う

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2023年07月15日
帝国図書館 近代日本の「知」の物語 (中公新書) 著者:長尾宗典 出版社:中央公論新社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784121027498
発売⽇: 2023/04/20
サイズ: 18cm/283p

「帝国図書館」 [著]長尾宗典

 帝国図書館(時代によって名称は変わるが)のタテ軸=歴史と、ヨコ軸=各時代の枠組みを論じることで近現代の図書館史を整理しようとの試みだ。史料を吟味・分析し、ふんだんにエピソードを用いて論述しているので、現代に通じる問題点も浮き彫りになる。
 現在の国立国会図書館の源流は、明治5(1872)年に設立された文部省博物局の書籍館だという。これ以前にも設立の計画はあったようだが、これを機にさまざまな動きが始まり、日本の図書館史は組織より熱意を持つ「人」の尽力が大きいことが窺(うかが)える。木戸孝允や、教育官僚の田中不二麿(ふじまろ)に始まり、永井久一郎、手島精一など、名が挙げられている先達の意欲と努力が、図書館発展の鍵になったと理解できる。
 特に明治中期、欧米に図書館事情を学ぶために留学した田中稲城(のちの帝国図書館長)がまとめた意見書は「一国の図書記録の保存は国家の責任なり」と明言し、世論覚醒の核になっている。こういう熱意が下支えになっていることは知っておくべきである。
 帝国図書館は明治30年に設立された。当時はどのような人々によって、いかなる形で利用されたのか。蔵書はどのように分類されていたのか。昭和に入って確立された日本十進分類法は、明治期には行われていない。そのような図書館の内側の流れも、タテ軸とヨコ軸で説いている。図書館について我々が持っている疑問に対しても丁寧に説明しているのは貴重である。
 日露戦争後、新館の完成もあったにせよ、帝国図書館の利用者は激増した。その範囲が広がるわけだが、いたずら書きなどマナーの悪い者も増えていく。そういう事態への対処、閲覧不可の思想書の扱い、やがて言論弾圧との関係、占領地からの略奪図書の実態など、問題は戦争との関わりに広がる。著者の歴史観には、図書館史観というべき独自性が随所にあり、それに触れるのも刺激になる。
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ながお・むねのり 筑波大准教授(日本近代史、思想史、メディア史)。著書に『〈憧憬(しょうけい)〉の明治精神史』。