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赤ずきんは自転車に乗る 澤田瞳子

  この一、二年ほど、レインコートを愛用している。徒歩の時は滅多に使わないが、自転車で出かける際など、空模様が怪しいなと思うと、リュックに放り込んでおく。おかげで外出先で雨に降られても、安全に帰路につける。

 ちなみに色は赤。というか、見事な真紅(しんく)。デザインも可愛らしく、試着した時は「おお、赤ずきんちゃんだ」と呟(つぶや)いてしまった。いい年をして、と思われるかもしれないが、普段の生活ではこんな鮮やかな色の服は着ない。しとしとと雨が降る日ぐらい、いいじゃないか。実際、明るい色を見ると、気持ちも少し明るくなるのだから、と開き直っている。

 とはいえ幼少時のわたしは、レインコートが好きではなかった。意地っ張りな子どもだったので、そのフォルムがなんとなく幼く見えるようで、嫌でたまらなかったのだ。だからレインコートを着た記憶はほぼないし、ついこの間まで生活に存在すらしなかった。それが、「あれ? レインコートがあれば、雨の日も自転車に乗れるんじゃない?」と唐突に思い付き、現在に至っている。

 顧みれば小さい頃のわたしは、人からどう見られるかにひどく敏感だったのだろう。そしてそれが自分の感じる自分とズレていることに、辛抱ができなかったのだ。だが大人になってしまえば、人の目より、わたしがどう感じるかがはるかに大事であること、自分がいいなと思ったことや内面の変化に後ろめたさを覚える必要などないことが分かる。少女時代のわたしはレインコートが嫌い、今は好き。それでいいのだ。

 なお現在、雨の日に履く靴は、ある知人お勧めの某長靴。これまたかつてはあまり長靴に興味がなかったところを教えられ、愛用し始めた品だ。そういう意味では現在のわたしの雨の日ファッションは、様々な変化によって構築されている。ゆえにもしかしたら今後、何かのきっかけで再度新しいスタイルに変化するかもしれず、それもまた我ながら楽しみである。=朝日新聞2023年7月19日掲載