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荒木あかねさんの執筆を支えるラジオ体操

©GettyImages

 運動が大の苦手だ。足が遅い、反射神経が鈍い、体力がないの三拍子揃っているので、たいていのスポーツができない。子どもの頃は体育祭やクラスマッチなどの行事に苦しめられた。マラソン大会では私が2、3周遅れて走るせいで、大会自体の時間が引き伸ばされていたほどである。高校を卒業するとき、「これで体育の授業から解放されるんだ」と心から安堵した。

 作家になってからは、スポーツどころか外を歩くことすらほとんどなくなった。執筆も、編集者さんたちとのオンラインミーティングも、全部家の中でできる。超がつくほどのインドア派である私にとっては最高の生活だった。──体の不調を感じるまでは。

 今年の春頃から、妙に疲れやすくなった。原稿を書いていると倦怠感に襲われすぐに横になってしまう。集中力が続かない。数ヶ月前までは、会社での勤務を終えた後に夜遅くまで新人賞への応募作を書く、というハードな生活を平気でこなしていたのに! 友人に相談してみたら「外に出てないからだよ、最近全く動いてないやろ」と呆れられた。目から鱗だ。運動をしたせいで体調を崩したことは数多くあれど、運動をしていないせいで調子が悪くなったのは初めてだった。

 何か私にもできる簡単な運動はないだろうか。今までの人生を振り返ってみたら、一つだけ、得意なスポーツがあることを思い出した。ラジオ体操だ。ラジオ体操をスポーツと呼んでいいのかという疑問はひとまず脇に置いておくことにして。

 中学生のころ、通知表の体育の欄にはいつも5段階評価で「3」と書かれていた(授業は真面目に受けていたので、お情けで「2」を免れていた)のだが、一度だけ「5」をもらったことがある。

 中学1年の1学期。入学してから最初の授業がラジオ体操だった。体育の先生は、とにかく全力で、身体を大きく動かすことを私たちに求めた。しかし多感な中学生たちは「ラジオ体操なんかを真面目にやるのは恥ずかしい」と思いがちなので、ダラダラと気怠そうに腕を振る子が周りにはたくさんいた。授業態度が多少悪くても、バスケやらバトミントンやらで活躍すれば挽回できるだろうが、私のような本気の運動音痴がラジオ体操ごときで恥ずかしがっていては、通知表をもらうときに泣く羽目になる。危機感を抱いた私は、先生に言われた通り全力でラジオ体操を踊った。それが評価されたのだ。2学期以降は球技やマラソンなどの授業が始まり、凄まじいまでの鈍さがばれてしまったので、二度と「5」はもらえなかったが。

 コンプレックスが根深い分、運動ができる人に対して憧れを抱いている。スポーツで汗を流したり、体育の授業で活躍したりするクラスメイトたちを横目で見ながら、カッコいいな、羨ましいなと思っていた。だから嬉しかった。たとえそれがラジオ体操で得た評価でも、当時の私は体育の欄に燦然と輝く「5」がめちゃくちゃ嬉しかったのだ。

 運動不足を反省し、今年の3月頃から原稿の合間にラジオ体操をするようになった。少しでも集中力が途切れたら、すぐさま立ち上がってラジオ体操の体勢を作る。一曲終えたらまた原稿に戻る。そんなルーティンが定着して、一つわかったことがある。中学生の頃は「ラジオ体操ごとき」なんて思っていたけれど、これはれっきとしたスポーツだ。全力でやれば結構疲れるし、ちゃんと運動になる。ラジオ体操を挟むようになってからというもの集中力が持続するようになって、原稿のペースもよくなった。体育の先生が「真面目にやれ」とか「腕を振れ」とかしきりに言っていたのも、今なら十分理解できる。

 授業でさんざんさせられたおかげで、あの前奏を口ずさめば勝手に身体が動き出す。最近は1日に5、6回ラジオ体操を踊ることもある。適度な運動が作品にいい影響を及ぼしているはずなので、ラジオ体操の効果効能が気になる方はぜひ一度拙作を読んでみてください。