ISBN: 9784865031645
発売⽇:
サイズ: 22cm/573p
ISBN: 9784775942840
発売⽇:
サイズ: 26cm/587p
「ヘンリー・カウ」 [著]ベンジャミン・ピケット/「ベルリン 1928-1933」 [著]ジェイソン・リューツ
1960年代末にケンブリッジ大学で結成され、空中分解に至るまでリベラルなあり方を探求したロックバンド、ヘンリー・カウの評伝と、20年代のベルリンを舞台に、ワイマール共和国がナチス政権を生み出すに至る様を描いたグラフィックノベルである。両者の根底には、劇作家ベルトルト・ブレヒトの存在がある。ブレヒトは24年にベルリンに移り、マルクスに傾倒し、代表作「三文オペラ」(28年初演)を残した。その作風は直前の時代を席巻した表現主義とは対照的に、現実のあり方を冷徹に捉え「世界とは問題である」ことに気づかせる「異化効果」で知られる。それを支えたのがクルト・ワイルやハンス・アイスラーといったユダヤ系作曲家たちによるヴァナキュラー(世俗的)な音楽の響きであった。
ヘンリー・カウは、これらワイマール期に活躍した作家たちの影響を強く受け、実のところ男たちが主軸だったロックという見せかけの共和国と争い、男女比同数に至る編成やドイツ語訛(なま)りの英語で歌う女性歌手の起用、バスーンやオーボエといったロックでは通常使われないアカデミックな楽器の導入にまでわたった。著者はその結成から解体に至るまでを和訳で2段組み470ページに及ぶ綿密な調査で追跡し、最終的に「ヴァナキュラー・アヴァンギャルド」と名付ける。これはエリート主義のアヴァンギャルドに対置された概念で、実質的にはブレヒトが民衆的なリアリズムに忍ばせた「異化効果」にあたる。
他方約600ページに及ぶ『ベルリン』も別の意味でブレヒト的だ。その記述は単に教科書的ではなく、古都ケルンからベルリンの芸術アカデミーに移った画学生マルテとジャーナリストのクルトの眼差(まなざ)しを借り、ベルリンの雑踏で具体的に何が起きていたか、密室の中でどんな摩擦が生じていたか、どこまでも即物的な描写で捉えている。これは同時期の新即物主義(ノイエ・ザッハリヒカイト)の手法を取り入れたもので、ブレヒトもその範疇(はんちゅう)で受け取れる。なにより本作の着想は『ベルトルト・ブレヒトのベルリン 20年代のスクラップブック』という本と作者が出会ったことに始まった。
現実を捉える眼差しから大袈裟(げさ)さを取り払い、地面を這(は)うようにヴァナキュラーに、かつファシズムの対極にあるスクラップブック的な手法に固執した今回取り上げた2冊の描き方には時を超えた合致がある。さらなる自由と危機の時代にある現在、ヘンリー・カウを聴きながら『ベルリン』を読むことには、身がすくんでしまいそうな必然性を感じる。
◇
Benjamin Piekut 米コーネル大教授。歴史音楽学で博士号。実験音楽やポピュラー音楽を研究▽Jason Lutes 米国の漫画家。バーモント州の漫画研究センターで教壇に立つ。1994年から本書の執筆・作画。