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安野モヨコさん「後ハッピーマニア」インタビュー 女の人生、ハッピーはいずこに?

『後ハッピーマニア(1)』(祥伝社)より ©安野モヨコ/Cork

恩返しの気持ちから続編をスタート

――『ハッピー・マニア』は、幸せを求めて恋愛を繰り返し、痛い目に遭っても走り続ける20代の主人公・カヨコの独特の個性や予想外の展開で、90年代に大ヒットしました。時を経て続編『後ハッピーマニア』を発表しようと思ったのはどうしてですか?

 疲労による体調不良で連載をすべて中断して『オチビサン』だけ続けていました。ページの多いストーリー漫画は体力的に難しくて何年も描けない状態でした。

 そんななかふとネームをやってみたらできたので漫画雑誌「FEEL YOUNG」(祥伝社)の編集さんにこういった作品を描きたい、と見てもらったところ不定期でも良いからと言ってもらって、パリの娼館を舞台にした『鼻下長紳士回顧録』を始めました。

 この連載中に時々休みながらもある程度続けて描けるくらいに回復してきたので、趣味全開の物語が完結したことですし、もっと読者に向けた作品を描いて恩返しします、と始めたのが『ハッピー・マニア』の続編です。

 まだ体力的な自信はそこまでありませんでしたが取材にも行き、準備をしてから始めました。タイトルは続編なので『後ハッピーマニア』としました。

既婚者だと知らずに好きになってしまったら?

『後ハッピーマニア(1)』(祥伝社)より ©安野モヨコ/Cork

――『ハッピー・マニア』で20代だったカヨコが『後ハッピーマニア』では45歳になり、カヨコのことを想い続けていた夫のタカハシが離婚を切り出すシーンから始まりますね。衝撃的でした。

 タカハシは真面目でカヨコと結婚して以来浮気をして来なかったという設定です。

 そういった男性は他に好きな人ができるとその人が本命になってしまいますよね。逆に浮気症の男性というのはずっと遊び続けるけど、それは遊びであって案外離婚に至らなかったりします。

 そんな真面目なタカハシが本当に好きな人ができてしまったら、これはもう浮気で済まなくなる、というのがストーリーの始まりです。

――タカハシが恋をした詩織を、不倫漫画に出てくるような強気でセクシーな女性ではなく、タカハシが既婚者だと知ったとたん距離をおこうとする堅実な女性にしたのはどうしてですか?

 いわゆる不倫漫画の浮気相手によくある悪い女キャラではなくて普通に真面目に生きて来た女性が既婚者だと思わずに好きになってしまった、という場合はどうなるのかなと常々思っていました。そう言ったことも実際あるわけですからね。

『後ハッピーマニア(2)』(祥伝社)より ©安野モヨコ/Cork

 詩織は「ハッピー・マニア」シリーズにしてはまともなキャラクターですが、さらに正論を主張する詩織の姉や、フクちゃんの息子の耀司(ようじ)など読者が共感できるキャラクターがでてくるところは前作と違う部分だと思います。

テーマは恋愛ではなく、女の人生

――普通じゃないキャラの代表格が主人公のカヨコですよね。職歴もなくスキルもない状態で、45歳でひとりになり、『ハッピー・マニア』で20代だった頃とは異なる局面に立たされます。

 『後ハッピーマニア』で描きたかったのは40代の恋愛というよりも「女の人生」についてです。

 主人公もその親友も若い頃は無軌道に恋愛を繰り返していましたが、最終的には結婚しています。仕事をして来なかった人と自分で起業して頑張って来た人、という対比でもあります。

 若い頃を描いたキャラクターが歳を重ねていった時にどうなるのかを描きながら考えていきたいと思っています。特に人生訓みたいなことを描こうと思っているわけじゃないですよ。

 カヨコは仕事をして来なかった人ですが、だからダメだということでもありません。ただ、個人的には全ての女性はいざという時に自分で生計を立てられるようにしたほうが良いとは思っています。

『後ハッピーマニア(1)』(祥伝社)より ©安野モヨコ/Cork

――「女の人生」をテーマに描くうえで、意識されていることはありますか?

 現実の40~50代というのは人生のしんどいイベントが多いんですよね。体力も落ちてきて深刻な病気になる人もいる、親の介護や子供の問題もあります。そういったことを取り入れるとなると、しっかりそれをテーマに描くべきで、中途半端に設定としていれることは避けました。

 漫画は深刻な内容も笑いに変えて当事者を元気づけることもできるのですが、『後ハッピーマニア』ではギャグにできないことは描かないようにしようと意識しています。

――20代のカヨコと40代のカヨコ、どのように違いを出していますか?

 体力の衰えからくる行動パターンの変化などですかね。あと、体のシルエットも痩せているけどたるみがあったり、洋服のシルエットも若干緩くなるように意識しています。カヨコなどは顔も痩せている分、頬の線が少しシャープになっています。自分も含めて周りの友人とか若い頃から知っている人間の変化を反映させています。

――『ハッピー・マニア』でカヨコを叱りつつも励ました親友のフクちゃんも『後ハッピーマニア』に登場します。彼女は息子もいて起業にも成功しているのに、夫に浮気されていて幸せとは言い切れないところにもリアリティを感じました。

 先ほども少し触れましたが『ハッピー・マニア』でも『後ハッピーマニア』でも、フクちゃんはカヨコと対照的な存在です。フクちゃんは社会的に見れば成功者なのですが、その陰には絶え間ない苦労と継続した努力があるという話で、成功の裏では一番大事な家庭を失いかけているわけです。

 道理をわきまえないカヨコはメチャクチャなことを言いますが、フクちゃんの言うことは大体その反対で物事の道理に基づいています。

『後ハッピーマニア(1)』(祥伝社)より ©安野モヨコ/Cork

キャラクターそのものがどう動くか、物事が動く様を追って描く

――登場人物に感情移入することは?

 感情移入がどういったものなのかは人によって感覚が違うと思いますが、私はあまり感情移入しないほうだと思います。「このキャラクターならこう言うだろうな」と思って描いているので、自分の考えと違うこともよくあります。

 おそらくこれは私の漫画家としてのスタイルというか、基本的なスタンスなのですが、自分の言いたいことの代弁者としてのキャラクターを描くことよりも、キャラクターそのものがどう動くかを描きたいんですね。

 なので、例えば「自分の経験した悲しみ」を再現するのではなくて、「そのキャラクターならこう感じるであろう悲しみ」として描くことに楽しさを感じています。

――安野さんの漫画家としてのスタイル、もっと聞きたいです。

 スタイル、って言うとかっこつけすぎかもしれませんが。

 インタビューなどで「このシーンを描いた理由は?」というようなことをよく聞かれますが、それも先ほどの話と同じでそのシーンを描きたいからストーリーを作るということをしません。

 話の流れというか物事の動いていく様子を追っていく中でそのシーンにたどり着いたという感じなんですね。かっこいいキャラクターの素敵なシーンを描くためにエピソードを重ねていく、という作り方とは別のやり方ですね。

 なので、続編である『後ハッピーマニア』でも前作のキャラクターたちがそのまま歳をとったということをテンションの調整をしつつ表現しています。急に落ち着きすぎてもつまらないし、若い頃と全く同じでも不自然なのでそこは気をつけています。

『後ハッピーマニア(4)』(祥伝社)より ©安野モヨコ/Cork

――『ハッピー・マニア』の頃とは異なり、いまはスマホで『後ハッピーマニア』を読む方も多いです。電子コミックになることに対して意識していることはありますか?

 スクロールしたときに不自然に思われないようなコマ割りと、セリフや背景をシンプルにして細かくなり過ぎないように注意しています。

 私は紙の漫画を読んで育ちましたし、紙の漫画への愛情はずっとありますが、紙でも電子でも、読者の方にとって読みやすい媒体で読んでいただけたら良いなと考えています。おそらくプロの漫画家さんであれば同じように考えている方が多いのではないでしょうか。

――最後に『後ハッピーマニア』を読む方へのメッセージをお願いします。

 私のSNSの公式アカウントの運営は基本的にはスタッフさん等におまかせしていて、ふだんはDM(ダイレクトメッセージ)を含め直接見ることはないのですが、単行本が発売された時、感想を少し読ませていただくことがあります。

 一番嬉しいのはやっぱりシンプルに「面白かった!」「読んで元気になった」という感想で、それは前作の頃から変わっていません。

 単行本収録の際にけっこう修正をしています。数ページ描きたしている場合もあるので雑誌掲載時との違いを楽しんでもらえたら嬉しいです。おまけで昔のキャラクターの現在、などもあるのでそれも合わせて読んでほしいです。