「絶対会っておけばよかった」
生誕100年を迎えた司馬遼太郎の誕生日である7日、作家の沢木耕太郎さんが兵庫県姫路市内で「紀行の方法―司馬遼太郎を中心として」と題した講演をした。主催は姫路文学館。紀行の代表作「街道をゆく」から、沢木さんは司馬の「知識に裏打ちされた好奇心」を感じると話した。
沢木さんの話は冒頭から笑いを呼んだ。文芸春秋から司馬との対談をもちかけられ、断ったことがあるという。「僕は司馬さんをよく知っているのに、司馬さんは僕のことを知らない。一方的な聞き役になるのはイヤだなと。生意気でした。絶対会っておけばよかった」
司馬没後、沢木さんは2013年に「キャパの十字架」で司馬遼太郎賞を受賞するという「縁」もできた。とはいえ、「街道をゆく」はよく読んでいなかったという。マイクロバスを仕立て、編集者ら関係者とともに移動するシリーズ。「内心で、それは旅なのかなとも思っていた」
だが、青森を旅する巻「北のまほろば」を読み、「こんなにおもしろいとは」と気づいた。司馬の中には取材や創作で蓄積した知識、なかでも戦国時代と明治維新の厚い知識があり、昭和20~30年代に新聞記者をしていたころの経験がある。現代と合わせ、4層を自由に行き来して書いていたんだと。
全43巻の「街道をゆく」の中には海外編が13巻ある。例えば、沢木さんの代表作「深夜特急」のルートとも重なる巻「南蛮のみちⅡ」はスペインからポルトガルへ。ゆっくりとしたペースで大きな出来事は起きない。沢木さんには全体の描写が実に優しく感じられた。
「司馬さんには膨大な知識がある。その知識に裏打ちされた想像力、そして好奇心には節度があり、それがやわらかい文章を生んだのではないか」と話した。(河合真美江)=朝日新聞2023年8月16日掲載