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千街晶之さん注目のミステリー3冊 揺らぐ、ねじれる 名探偵とバディ

  • 化け者手本
  • 焔と雪 京都探偵物語
  • 球形の囁き

 アーサー・コナン・ドイルが創造したシャーロック・ホームズとジョン・H・ワトソンを代表として、ミステリーの世界には数多くの名探偵とその相棒が登場する。そんなバディ関係にも、最近はずいぶんいろいろなヴァリエーションが存在するようだ。

 蝉谷(せみたに)めぐ実『化け者手本』は、歌舞伎の元女形・田村魚之助(ととのすけ)と、鳥屋を営む青年・藤九郎が、人間の犯行か妖怪の仕業か不明な怪事件を解決する『化け者心中』の続篇(ぞくへん)にあたる時代ミステリー。今回彼らは、芝居小屋で首を折られ、両耳に棒を突っ込まれた変死体の謎に挑むことになる。

 毒舌家で自身の芸に途方もなく高いプライドを持つ魚之助は、役者は人情を捨てて「化け者」に徹するべきと考えており、そんな彼の言動は他の役者たちにも強い影響を及ぼしてゆく。だが、素直で心優しい藤九郎に接するうちに、その心境が揺らぎはじめるのだ。また、そんな魚之助を理解しようとする藤九郎の心にも悩みが生じる。両者のバディ関係に今後どんな変化が生まれるのか、全く予断を許さない。

 伊吹亜門の短篇集『焔(ほむら)と雪 京都探偵物語』の舞台は大正時代の京都。元警察官の私立探偵・鯉城(りじょう)武史が調査した事件を、貴族院議員の病弱な息子・露木可留良(かるら)が安楽椅子探偵スタイルで解明してゆく連作である。

 行動派と頭脳派のコンビという、ミステリーの世界にはよくある組み合わせだが、読み進めてゆくうちに、両者の関係にある種のねじれが存在していることが浮かび上がってくる。露木が推理する意外な動機から、事件関係者たちの情念を暴き立てることを主眼としたミステリーでありながら、本書は探偵役の切なくも歪(いびつ)な情念の物語でもある。一見鮮やかな推理の裏に潜む想(おも)いに焦点が当たる時、読者は空恐ろしいような深淵(しんえん)を覗(のぞ)き込んでしまうのだ。

 長岡弘樹の短篇集『傍聞(かたえぎ)き』の表題作に登場したシングルマザーの刑事・羽角啓子とその娘・菜月は、やがてシリーズ・キャラクターとして独立した。『球形の囁(ささや)き』はシリーズ最終作であり、初登場時には小学六年生だった菜月も、本書では高校生、そして大学生……と成長してゆく。

 鋭利な観察眼を持つ敏腕刑事の母親と、新聞記者を目指す理系の娘。両者の間柄は良きバディであるとも言えるし、どちらが先に真相に到達するかに着目すればライヴァルでもある。時には思わぬ身近なところに犯人がいたと判明する場合もあるが、衝撃と傷心を乗り越えながら事件を解決してゆく母娘の活躍が、長い歳月を背景とするシリーズとして完結したことで、まるで彼女たちの人生を陰ながら見守ったような印象を受けるのが感慨深い。=朝日新聞2023年8月23日掲載