ISBN: 9784492224113
発売⽇: 2023/06/28
サイズ: 20cm/303,39p
ISBN: 9784766428827
発売⽇: 2023/06/09
サイズ: 20cm/332p
ISBN: 9784794226624
発売⽇: 2023/07/07
サイズ: 20cm/546p
『「協力」の生命全史』 [著]ニコラ・ライハニ/「信頼の経済学」 [著]ベンジャミン・ホー/「戦争と交渉の経済学」 [著]クリストファー・ブラットマン
長引くウクライナ戦争、先鋭化する国家、人種、世代間の対立。コロナ後の世界はどこかササクレだった雰囲気を醸し、ヒトのもつ争いと協力の二面性を考えさせられることが増えた。今回紹介するのはいずれも進化生物学とゲーム理論という枠組みで執筆された書物で、生物から社会まで、争いと協力の構造を一息に理解するのに役立つ。
一つの細胞はさまざまな器官が補いあって機能している。進化生物学では、こうした器官は太古の昔は別々の生物で、共同して活動することがお互いの生存に有利なことから、現在の細胞の形に共存するようになったという説が有力視されている。ヒトという個体も器官の集合体、人間社会もヒトの集合体なのだから、この仮説を延長すると、地球上のあらゆる生命が、個体どうし協力していると解釈できてしまう。ヒトの家族関係をカラハリ砂漠のチメドリの集団との比較で語り、親子の憐憫(れんびん)の情までも、実は協力関係を維持する戦略だと論じるのが、『「協力」の生命全史』である。
ただ、人間社会には、目の前の相手だけでなく、知らない誰かと間接的に協力したり、将来協力関係が続くことを確信したりするという、より高次な協力関係がある。『信頼の経済学』は、この論理を裏付けるゲーム理論を援用しつつ、見かけ上の反射的な協力関係と、高次の複雑な「信頼」を区別すると、人間社会の協力のメカニズムを理解しやすいと説く。確かに、貨幣と価格(本書では強調されていないが言語も)は、高次のメカニズムを使った、他の生物と一線を画すヒトならではの仕組みだといわれると納得できる。
類書も含めて、これらの書籍は「いかにみんな協力しているか」を熱心に説明し、そこで語られる世の中は常に協力に満ちている。しかし皮肉なことに、これでは実際には争いが起こることが理解できない。この疑問に答えてくれるのが『戦争と交渉の経済学』だ。具体的な交渉事や訴訟などを取り上げつつ、みんな協力しているのになぜ争いが起こり、どう決着させると協力関係に復帰できるか、論理的説明を加える。本書の場合、情報の制約など、どちらかというとヒトの非合理的側面が強調されるが、クラウゼビッツばりに、争いとは協力の裏にある必要なスパイスだという冷厳な見方も、現実を理解する術(すべ)だ。
現在の諸科学では、生物学だろうと経済学だろうと政治学だろうと、何をどう説明したいか、動機が一致すればもう仲間だ。社会を科学的に理解しようとするダイナミズムを、秋の夜長に感じるのも一興だろう。
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Nichola Raihani 英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン教授(進化論・行動学)▽Benjamin Ho 米ヴァッサー大教授(行動経済学)▽Christopher Blattman 米シカゴ大教授。経済学者、政治学者。