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「九月と七月の姉妹」書評 詩情とホラーの絶妙なブレンド 

評者: 小澤英実 / 朝⽇新聞掲載:2023年09月23日
九月と七月の姉妹 著者:デイジー・ジョンソン 出版社:東京創元社 ジャンル:欧米の小説・文学

ISBN: 9784488011260
発売⽇: 2023/06/30
サイズ: 20cm/198p

「九月と七月の姉妹」 [著]デイジー・ジョンソン

 恐怖・怪奇小説の祖であるゴシック小説は、18世紀後半に英国で生まれ、メアリー・シェリーら女性作家が活躍してきたジャンルだ。それが米国のホラー映画を経由して、ふたたび英国の女性作家によって旺盛に書き継がれている現在地を、本作はよく示している。
 10カ月違いで生まれた姉妹、セプテンバーとジュライ。デンマーク人の父親に似た姉とインド系の母親の血を引く妹の見た目はまるで異なるが、シンクロする身振(みぶ)りはキューブリックの映画「シャイニング」の双子なみにそっくりだ。誕生日も同じ日にし、スマホも共有。姉は妹を暴力的に支配し、絶対服従の妹は姉への依存と同化を強めていくが、一心同体の絆にひとつの恋が亀裂を入れる。
 絵本作家でシングルマザーの母親シーラは、排他的な2人に戸惑い心を病んでいく。姉妹の主筋の余白には、母娘間のもつれあう愛憎や、ひとりの女としての母親の葛藤が満ちている。
 そんな母娘3人が、亡き元夫が子供時代を過ごした海辺の旧家に、追われるように移り住む。彼女達(たち)にいったい何があったのか。荒れ果てた家の奥へ奥へと導くように、その謎が読者にページを捲(めく)らせる。
 妹と母親による語りの背後には、いくつもの別の語りがこだまする。物語の真の語り手は、幾世代もの家族の記憶を孕(はら)んだ家そのものなのかもしれない。
 姉妹の物語と同じかそれ以上に、本作はある一軒の家の物語だ。家は人を宿し、女は新たな子を宿す。姉妹がひとつになるかたわらで、母親は家とひとつになっていく。家と母と子が形成する濃密な関係性は、合わせ鏡のなかで乱反射し、無数の像を映し出す。
 小説ならではの詩的なフレーズと、ホラー映画ファンという作家ならではの映像喚起力の強い描写のブレンドが絶妙。自分の体と心の輪郭が血の繫(つな)がりによって崩れていく悪夢が、じわじわ心を侵食するサイコスリラーだ。
    ◇
Daisy Johnson 1990年生まれ。英国の作家。大学在学中に短編を発表し始め、本作は2作目の長編。