「芸術のわるさ」書評 二重性の力 境界にも目向ける
ISBN: 9784910904009
発売⽇: 2023/06/10
サイズ: 21cm/385,11p
「芸術のわるさ」 [著]成相肇
本書に関心を持った人は、ぜひ書店で「あとがき」に目を通してほしい。そこには「適宜コピーして書評などにご利用ください」とある。だからそういう役割はそちらに譲るとして、注目したいのは「もうひとつのあとがき」があることだ。つまり二重底になっていて、そこに著者の資質が見える。著者が過去に手がけた代表的な展覧会に「パロディ、二重の声 日本の一九七〇年代前後左右」展があるからだ。
実際、本書は一貫して「二重の声」で綴(つづ)られている。それは副題の大半がカタカナから力を得ていることに見て取れる(これらが濁音、半濁音ばかりの「仮の名」で日本語に定着したのは興味深い)。が、より端的には本書のタイトルに「わるさ」と「悪」が共存していることを挙げたい。
著者はこの着想を柳田國男の「悪の芸術」「悪の技術」から得たと記すのだが、それは随所で見られる「白い漫画と黒い漫画(瀧口修造)」「ラングとパロール」「ソリッド(硬)とリキッド(軟)」、異名の二重性「岡本(太郎)とタロー」「篠原有司男(うしお)とギュウちゃん」(お好みならここに学芸員と批評家を加えてもいい)にまで流れ込む。むろん両者を二項対立に置くのではなく、その境界に目を向けるためだ。なぜなら「境界を観察すると、その境界は必ず崩壊」する。ならば「悪」と「わるさ」の境界もおのずと崩壊するしかない。ソリッドな「悪徳」「俗悪」「悪役」を成敗するのに躍起なご時世に、あえてリキッドな「悪」を体内に注入しウイルスの「わるさ」を緩和する「不幸なる時代」の到来?
それで言えば、本書は二度の「大災厄」(東日本大震災とコロナ禍)の間に書かれ「かたばみ書房」という真新しい版元の最初の一冊として世に出た。わたしはそれでかたばみがどんな草花か知ったのだが、それもまた二重の声から発した「前後左右」な収穫と呼ぶべきかもしれない。
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なりあい・はじめ 1979年生まれ。東京国立近代美術館主任研究員、美術評論家。「大竹伸朗展」などを担当。