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現実と虚構の境界を崩し、読者を不安に追い込む「トゥルー・クライム・ストーリー」 若林踏が薦める新刊文庫3点

  1. 『トゥルー・クライム・ストーリー』 ジョセフ・ノックス著 池田真紀子訳 新潮文庫 1265円
  2. 『毒入りコーヒー事件』 朝永理人著 宝島社文庫 850円
  3. 『日本ハードボイルド全集7 傑作集』 北上次郎、日下三蔵、杉江松恋編 創元推理文庫 1650円

 読めば読むほど、何を信じれば良いのか分からなくなる。(1)はそんな読書体験が出来る作品だ。本書はマンチェスター大学の学生寮から女子学生が失踪した事件を、イヴリン・ミッチェルという作家が取材し執筆した犯罪ノンフィクションの形式で綴(つづ)られている。犯罪実録を模した小説じたいは珍しいものではない。だが本書では事件関係者の顔写真やフェイスブックの投稿などが挿入され、更には著者のジョセフ・ノックス自身が編者として登場するなど、現実と虚構の境界を崩すような仕掛けが随所に施されている。終始、読者を不安に追い込む筆致が見事だ。

 (2)はアントニイ・バークリーの名作ミステリ『毒入りチョコレート事件』を彷彿(ほうふつ)とさせる題名だが、実際には様々な古典探偵小説の趣向が盛り込まれている作品。クローズドサークルなど表層的なオマージュ以外にも、過去の名作を現代的に発展させようとする工夫に満ち溢(あふ)れている。

 (3)は日本のハードボイルド史を辿(たど)る全集の完結編で、ジャンルを俯瞰(ふかん)する上で無視することの出来ない作家の作品を精選したアンソロジー。犯罪小説のみならず阿佐田哲也の賭博小説なども収めることで、ハードボイルドが規範の外側にいる人間の視点から社会の輪郭を捉える文芸ジャンルである事を示してみせる。編者三名による「日本ハードボイルド史」も密度の高い論考で、ハードボイルドとは何かを知りたければ、まずは本書を手にする事をお勧めする。=朝日新聞2023年9月30日掲載