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堀本裕樹さんの少年時代の冒険と重なった映画「スタンド・バイ・ミー」

映画「スタンド・バイ・ミー」で少年たちが歩いた線路は今はもうない。当時の面影を残す廃線跡を犬を連れた女性が駆けていった=2012年、米・オレゴン州コテージグローブ、山本和生撮影

 映画「スタンド・バイ・ミー」を観たのは大学生の頃だった。東京に憧れて上京したものの、大学生活はさして明るくも華々しくもなく、むしろ息苦しくて飛び出した故郷が無性に恋しくなることのほうが多かった。夢は大きいくせに東京には馴染めず、無機質なビル街よりも山河を見たいと常に心のどこかで思っていた。そんな折、ワンルームの一人暮らしの部屋で、借りてきたビデオの「スタンド・バイ・ミー」を真夜中に観たのだった。

 そこには懐かしい風景が広がっていた。映画の舞台であるオレゴン州の田舎町にはもちろん行ったことがなかったが、僕の故郷の和歌山の山河と重なって見えた。この映画が名作と言われる所以は、観客おのおのの故郷を想起させるところだろう。そしてもう一つ、少年時代の友人を、友人と過ごした日々を懐かしく思い出させるところだろう。

 映画の最初のほうにツリーハウスが出てくるが、僕も小学生の頃、友達と秘密基地を作ってよく集まっていた。さすがに映画に出てくるクリスやテディのように、トランプをしながら煙草を吸うことはしなかったが、山の中の洞窟を秘密基地として整備し、狭いほら穴で肩を寄せ合い漫画本を読んだりしていた。映画では合言葉で仲間を確認していたが、僕らは手作りの会員証を作って秘密基地の同士を認めていた。どの国の少年たちも、自分たちだけの秘密の居場所を作りたがるものである。

 映画の本筋は、物語を作るのが好きで冷静なゴーディ、ガキ大将でアルコール依存症の父と不良の兄がいるクリス、ノルマンディーで戦った父を尊敬し軍隊に憧れるテディ、臆病な性格のバーンの四人組が、汽車に轢かれて死体となっているだろう少年を探しに行くという12歳の冒険譚である。小学生だった僕も、友達と一緒に近所の山を踏破する小さな冒険に出たことがあった。今から思えば、なんてことない小さな山で、大人から見れば冒険でも何でもない山歩きなのだが、小学4年生の僕ら3人組にとっては大冒険だったのだ。山路の途中でスズメバチに追いかけられたり、イノシシの気配を感じて走って逃げたり、一人が腹痛を起こし山水を飲んだらなぜか治り「神様の水や!」と言って騒いだり、今でもあの少年の頃の山登りが忘れられない。

 映画のなかでも生き物が出てくる。目的地までの道のりをショートカットするために森を抜ける場面で蛭に襲われたり、夜更けの森のなかで焚火をしながら4人が語り合っているときに突然コヨーテの不気味な鳴き声に囲まれたり、冒険を冒険たらしめる出来事が起こる。そんな生き物たちとの出合いで特に印象的なのは、早朝の線路でゴーディだけが子鹿と遭遇する場面である。この静かな一瞬の出合いのことを、彼は3人には話さなかった。なぜ話さなかったのか。3人に話したら、大騒ぎになって羨ましがられたはずだ。でもそうしなかった。その理由はいくつか考えられるが、僕はゴーディの作家性がすでに芽生えていたのだと思う。僕だけの秘密にしておこう。いつかこのことを書くかもしれない。そう思って子鹿とのエピソードを大事にしたのかもしれない。ともかく秘密にすることで、ゴーディにとってより一層忘れられぬ冒険として胸に刻まれたのだ。

 4人のなかでゴーディとクリスはお互い認め合い尊敬し合う親友だが、2人の会話が心を揺さぶる。ゴーディは「君は勉強ができるのだから、就職せずに進学するべきだ」とクリスを励ます。クリスは「君はいい小説家になれる。君には才能がある」とゴーディを勇気づける。「君の親がやらないなら、おれが守ってやる」とまでクリスは言って、ゴーディの物書きの才能を認め鼓舞するのだ。なんという厚い友情だろうか。真っ直ぐで眩しい2人の言葉に、こちらの胸も熱くなる。

 2人が互いの才能を信じ合ったことは大人になって現実となり、ゴーディは作家に、クリスは弁護士になる。しかしクリスは喧嘩の仲裁に入って刺殺されてしまう。テディは日雇い労働者となり、バーンは材木場で働いていると映画の後半で語られる。この映画は作家となったゴーディの回想として展開されるので、彼の語りで物語は閉じられるのだ。
「あの12歳のときのような友だちはもうできない。二度と……」

 最後のこの台詞に、かつて少年だった頃の甘くて、苦くて、痛々しくて、きらきらとした日々を思い出さない人はいないだろう。映画の4人組もそれぞれ家族の問題を抱えながら、心に痛みを持って生きていた。それらを解放するような死体を探すという大冒険だったのである。

 わいわい騒ぎながら小さな山に登って冒険した小学4年生だった僕ら3人組は、映画の4人組のようにやがて疎遠になり、それぞれ故郷を出た。その後、大人になって3人はどんな道をたどったのか――一人は絵描きになり、一人は美容師になり、そうして僕は俳人になった。

 あのときのような胸の高鳴る、眩しさに満ちた山登りはもうできない。二度と……。