『ナチスは「良いこと」もしたのか?』書評 一般論超え、歴史的思考へと誘う
評者: 藤野裕子
/ 朝⽇新聞掲載:2023年10月14日
検証ナチスは「良いこと」もしたのか? (岩波ブックレット)
著者:小野寺 拓也
出版社:岩波書店
ジャンル:新書・選書・ブックレット
ISBN: 9784002710808
発売⽇: 2023/07/07
サイズ: 21cm/119p
『ナチスは「良いこと」もしたのか?』 [著]小野寺拓也、田野大輔
「ナチスは良いこともした」「悪い面だけでなく良い側面も見るべきだ」。SNSや一般書で見かけるこうした主張は、本当に妥当なのか。2人のドイツ史研究者が丁寧に解説する。
「良い政策」とされるものには、労働者の有給休暇を拡大し、格安旅行やレジャーを提供するといった福利厚生政策がある。格差のない「民族共同体」の実現を謳(うた)ったこれらの政策が、労働者の生活を全面的に管理・統制し、政権を安定させる目的だったとしたらどうか。善悪両面を見るべきだという一般論では、時に両面が分かちがたく結びついたナチスの政策の本質を見落としてしまう。格差をなくす側面が約束倒れに終わっていたら、なおさらだ。
本書の魅力は、正確な事実が書かれていることだけではない。歴史研究では何を議論し、事実をどう解釈しているのかを説明し、読者を歴史的思考へと誘う。読めば、他の事柄にも応用可能な、歴史の見方・考え方を体得できるだろう。