- 生贄の門
- お城の人々
- 夢の扉 マルセル・シュオッブ名作名訳集
「スパニッシュ・ホラー」の切り札ともいうべき「スペインのスティーヴン・キング」ことマネル・ロウレイロの長篇(ちょうへん)『生贄(いけにえ)の門』が新潮文庫から刊行された。
解説を寄せている風間賢二氏いわく「最近流行の用語を使用すれば、ミステリー仕立ての〈フォークホラー〉だ」とのこと。出ました! 久々登場の聞きなれない新ジャンル用語(主に映画批評方面で流通している模様)。旧来の表現を用いれば、「田舎(ローカル)ホラー」が近いか。文明社会から隔絶した地域で密(ひそ)かに生起する怖い話のことで、近年の例として映画「ウィッチ」や「ミッドサマー」が挙げられていることからも、おおよその傾向が掴(つか)めるだろう。
その醍醐(だいご)味は本書の、とりわけ冒頭部分で、これでもかとばかり発揮されている。豪雨のなか人里離れた山の頂上へ電気施設の修理に赴く職員たち。そこで発見される、悍(おぞ)ましいモノとは? やがて事件は、余命わずかな我が子と残された日々を過ごすため、ガリシア地方(典型的な過疎地帯)への勤務替えを願いでたヒロインの女性刑事を巻き込み、思いも寄らない方向へ展開してゆく……いやあマジ怖い! 風間氏はクトゥルー神話との類似を指摘していたが、私に言わせれば類似どころか、これは「神話そのもの」である!
ちなみに私が本書からまず連想したのは、マッケンの『白魔』だった。共にケルトの伝承に由来する神秘的な物語だから、というだけではなく、全篇に瀰漫(びまん)する独特の怖い雰囲気(視〈み〉てはいけないものを目の当たりにさせられる、不条理な怖さ)ゆえだろう。しかしマッケンはともかくロウレイロ……21世紀のスペインで甦(よみがえ)るケルトの恐怖とは、何という底深さか!
ケルト族の伝承といえば、このほど待望の完訳が実現したジョーン・エイキンの短篇集『お城の人々』を静謐(せいひつ)に浸しているのも、訳者が「終わりの予感」と呼ぶ、「切ないのにどこか穏やかなムード」であり、それは「黄昏(たそがれ)の民族」たるケルトに特有の感性の発露だった。表題作をはじめ「ハープと自転車のためのソナタ」「ワトキン、コンマ」など本書には一読忘れがたい幽霊譚(たん)の佳品が散見されるが、その骨格を成しているのは、実のところ「黄昏ケルト」の脈々たる伝統なのである。クリスマス前後の夕べ、往時の大英帝国に思いを馳(は)せつつ、心静かに炉辺でひもとくべき好著だ。
近年の国書刊行会の業績のひとつに、夢幻詩人(マイナーポエト)たるマルセル・シュオッブの系統的紹介という地味な仕事があった。その「名作名訳集」と銘打たれた『夢の扉』は、上田敏や日夏耿之介から澁澤龍彦、種村季弘に至るまで日本語使いのオールスター陣を結集した、「夢の世界」へ読者を導く魔法の「扉」に他ならない。=朝日新聞2023年12月27日掲載