「うさぎ」は心を支えてくれる自分の分身
——「第16回MOE絵本屋さん大賞2023」の第5位受賞おめでとうございます。贈賞式はいかがでしたか。
「MOE絵本屋さん大賞」は、全国の書店の絵本担当者3000人が投票して選定する賞と聞きました。絵本が好きな方たちが一堂に集まって、絵本カルチャーをもっと盛り上げようとされていることに感銘を受けました。韓国でも昨年、絵本を対象にしたアワード(大韓民国絵本大賞)が創設されたのですが、書店関係者や出版関係者みんなで盛り上げるアワードが長年続いて「一つの文化」となっているのは素晴らしいことだと思います。柴田ケイコさんやヨシタケシンスケさんなど、韓国でも人気がある日本の絵本作家さんとお話できて、とても楽しかったです。
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——『星をつるよる』は誰もが経験のある「眠れない夜」にスポットを当てた絵本です。作品をつくる動機はどういうものだったのでしょう。
この絵本は「いくら がんばっても ねむれない よるが ある。」という一節から始まります。どうしても眠れない夜があるように、「いくら頑張ってもうまくいかない日」は、誰にだってあるはず。心がつらくなってしまったとき、空から星が救いのように降りてきて、同じ思いを持つ仲間と不安を分かち合い、楽しく遊んだあとは安心して眠りにつく——そうしたあたたかい慰めを感じられる絵本をつくりたいと思いました。
——キムさんご自身は眠れないとき、どうしても物事がうまくいかないときはどうされていますか。
この絵本には、眠れない子どもを応援してくれる心やさしい「うさぎ」が登場します。私自身にもこの「うさぎ」のようにサポートしてくれる人たちがたくさんいます。家族や友人など、私の大切な「うさぎ」たちと過ごしていると、つらいことがあっても気持ちがいつの間にか癒やされている。偶然なのですが、私の妻や韓国語版の『星をつるよる』の担当編集者、デザイナーと、私を支えてくれた全員が「卯年(うさぎどし)」なんですよ。
韓国でも日本と同様、「うさぎ」は月に住んでいて、月のクレーターは「うさぎが餅つきした跡だ」と言われています。だから、月から糸をたらして空に導いてくれる存在が「うさぎ」であるのは、私にとってとても自然なことです。うさぎは主人公と背丈も同じくらい。自分によく似た「分身」のようなイメージで描きました。うさぎの服を着ている子どもと、月にいるうさぎはお互いの言葉が分かりません。でも、仲がいい友人どうしだと目を見るだけで通じ合うことがある。主人公とうさぎの関係を通して、たとえ離れていても、会話ができなくても、友だちになれることを伝えたかったんです。
——前作までは、「もぐらくん」など動物のキャラクターが主人公でした。本作では、キムさんの作品のなかで初めて「人間の子ども」が主人公となっています。
「人間の子ども」を主人公にしたのは、読者が「自分の物語」として読めるようにしたかったからです。あえて、主人公が男の子なのか女の子なのか、はっきりと分からないような絵にしていて、読者がどのようなジェンダーアイデンティティーを持っていても、ストーリーに入り込みやすいようにしています。
——男の子でも女の子でも、主人公に自分を投影できるというのがこの絵本の素晴らしいところだと思います。ただ、韓国語は英語と同様、一人称に男女の区別がありませんが、日本語はジェンダーによって一人称の表現が変わります。翻訳を担当したすんみさんは、訳すのに苦心されたと思いますが、いかがでしょう。
すんみさん:日本語の一人称には「わたし」や「ぼく」のほかにも、様々な表現がありますよね。日本語版では、サングンさんの意図を汲んで主人公の一人称を最もニュートラルな「わたし」としました。ほかに、一人称の翻訳で試行錯誤したのは、月で出会った仲間たちと星の釣り竿をたらしながら、みんなで会話するシーン。サングンさんに、それぞれのキャラクターの性別はあるのか、誰がどのセリフを言っているのか聞いてみたら、「性別もセリフの発信者も決めていない」とのことだったんですね。それをうかがって、日本語版では「ぼく」や「あたし」など、できるだけ多様な一人称や話し方を盛り込むようにしました。
星を散りばめた「サングン・ブルー」の夜空
——ページをめくるたびに刻々と変わる夜空の青。ぼうっと淡く、ときにはきらきらと強く光を放つ月や星が本当に美しいです。
この絵本を制作していた時期、ナミビア共和国に旅行したのですが、旅ではたくさんのインスピレーションを得ました。ナミビアの砂漠は、地平線からすぐに空が始まっている。空がすごく近く感じられて、手を伸ばせば触れられるかのようでした。静寂のなか、砂漠に横たわって夜空を眺めると、見渡す限り満天の星。この幻想的な風景をみんなで共有したいという気持ちで、絵本を制作しました。流れ星も3回、見ましたよ。一瞬だったのでお願い事はできませんでしたが(笑)
私にとって「夜空の青」は、「何かが起こりそう」という期待を抱かせてくれる神秘的な色。この絵本を出版したとき、子どもの読者が夜空の青を「サングン・ブルー」と名付けてくれて、とてもうれしかったことを覚えています。一方で、「青」は印刷で表現するのが非常に難しい色でもある。日本語版ではパイ インターナショナルの担当編集さん、デザイナーさん、印刷所の担当の方が原画の色をきれいに出せるよう、細やかに気を配ってくださいました。
——大学ではアニメーションを専攻されていたということですが、アニメーションの技法や考え方などは、絵本の制作に影響を与えていますか。
子どものころからアニメ−ションに親しんで育ったので、絵のイメージを思い浮かべるときは静止画ではなく、動いている状態で思い浮かべることが多いです。絵本を制作するときは、一番素敵なシーンを切り取って描くようにしています。アニメーションは1分間に24枚もの絵を必要とするので、ある程度の単純化が求められますが、自分が納得いくまで細かく描きこむことができるのが絵本のいいところですね。
また、イメージするときは、場面場面の動きだけでなく、音や光も同時に想像しています。たとえば、子どもたちが星のなかで遊ぶシーン。飛び石のようにある大きな星は、ふわりと浮き上がっているイメージで描いています。子どもたちがわっと走り寄り、浮かんでいる大きな石を踏むと青みがかった色合いの星がだんだん黄色に変わってくる。子どもたちが感じている楽しさやあたたかな気持ちが広がってゆき、星の色もきらきらと輝く黄色に変化していきます。
受け取った愛やエネルギーを分かち合う
——『星をつるよる』は、韓国語の原作のほか、英語、日本語、フランス語に翻訳され、今後はイタリア語版と台湾語版も刊行されるそうですね。キムさんの絵本は世界各国で翻訳されていますが、特に絵本の表現やマーケットについて、日韓でどんな違いを感じますか。
日本の絵本はキャラクターが印象的。奇抜な設定のものも目立ち、面白く読んでいます。また、テキストをすべてひらがなにするか、それとも漢字を入れるかで、ターゲットとする読者の年齢層が変わるということを、翻訳のすんみさんに教えてもらいました。日本では「絵本の一番の読者は子どもである」という意識が、昔からあるのかなと感じます。一方、韓国では「絵本は0歳から100歳まで、年齢に関わらず読む物」という認識で制作している作家も多く、「絵と文字がある本」として、幅広くとらえられているように思います。
韓国では、読者と絵本作家が交流する機会も多く、作家のブックトークや絵本のワークショップなどもよく開催されます。若手の絵本作家どうしのコミュニケーションも盛んですね。たとえば、国際アンデルセン賞画家賞を受賞したイ・スジ(スージー・リー)さんは、昔話を現代的な解釈で絵本にする「バカンスプロジェクト」を立ち上げ、新進気鋭の作家たちがプロジェクトを通してさまざまな作品を発信しています。私自身も仲のいい作家どうしでグループをつくり、情報交換をしたり、一緒に作業をしたり、お互いにアドバイスし合ったりしています。
——最後に『星をつるよる』をどのように楽しんでほしいか、日本の読者にメッセージがあればお願いします。
個人主義的な今の世の中で、孤独感やつらい気持ちを抱えている人は少なくありません。私がこの物語で伝えたかったのは、「私たちは決してひとりではない」ということです。自分を支えてくれる誰かから受け取った愛や、やさしさをまた別の誰かに受け渡していくようにすれば、子どもたちが大人になったときに、もっとあたたかい社会になるのではないかと思うのです。
読者の方と接するたびに、私が作品に込めた思いが伝わっていると実感し、うれしく思っています。MOE絵本屋さん大賞で『星をつるよる』のベストレビュアー賞を受賞された柏の葉 蔦屋書店の平さんは、この絵本を読んで「私たちはひとりじゃないんだ」というメッセージを受け取ったと話してくれました。また、日本のある読者の方は、絵本からインスパイアされて「A Night of Fishing in the Starry Sky」という楽曲をつくり、不眠症の友人のために音楽に合わせて絵本を朗読したそうです。お手紙をいただいたとき、『星をつるよる』の後半部分で、月にひとり残されるうさぎが寂しくないよう、星座をプレゼントする動物たちのエピソードのようだと感じました。
「大切な友だち」の存在は、私の作品によく出てくるテーマの一つです。「早く行きたければ一人で進め。遠くまで行きたければみんなで進め」ということわざがありますが、誰かを助け、誰かに助けられて私たちは生きている——こうしたメッセージは、これからも作品に込めていきたいと思っています。